新譜評 エミネム「Relapse」

 エミネムの新譜「Relapse」が発売されました。オリジナルとしては数年ぶりになるアルバムで、その間一応は「引退」ということになっていたんですが、なんだかそんな気がしませんね。実際には他のアーチストへの客演などがあり、わりと頻繁に名前を見る機会が多かったというのもありますが、つまるところ「引退ではなく活動休止」でしかないことをファンも業界もわかっていたからではないかな、と思っています。
 今回のアルバムは、数年ぶりの「復帰作」であると同時に、あの悪名高いペルソナ「スリム・シェイディ」が顔を出すので、様々な憶測を呼んでいます。で、何回か聴いてみたんですが、これはとても印象的なアルバムでした。ドクター・ドレーが作成に手を貸したというバックの音は力強くしかもポップで、素晴らしい出来です。エミネムのラップもいい感じですが、僕が注目したのはむしろ詞の方でした。
 詞の内容は今までのもの以上に攻撃的で悪夢的です。血なまぐさいといってもいいかも知れません。ご存じのとおり数年間に渡る「引退」期には、エミネムは薬物異存を克服するための治療を受けたり、一度離婚した奥さんと再婚〜再離婚したり、私生活での波乱がありました。そのことが今作の詞に、色濃く表れています。
 相変わらずお母さんについての悪態もあるし、同性愛者へのあてこすりも多いし、これまた相変わらず下ネタ満載ですが、一番ウェイトを占めるのはやはり薬物についてです。「ついて」というよりも、中毒状態を描写したような内容が多いです。アルバムのオープニングもリハビリ中の「自分」と医者の会話、エンディングは(たぶん)更正ミーティングでのスピーチ(をグロテスクにデフォルメしたフィクション)という感じで、クスリ関連の連想をさせるような箇所が非常に多いです。これはどういうことでしょうか?
 僕はこれを、「エミネムは帰還したんだ」と思っています。どこから?薬物依存という地獄からです。なんとなくロックやヒップホップの世界ではドラッグやアルコールは「あって当たり前」のように感じられますが、実際にはシャレにならない状況に陥る人も多いです。特にエミネムヒップホップ系の場合、そうしたものはアーチストの生い立ちや生活環境から来ている場合が多く、深刻で「抜け出すのが難しい」大問題になっています。今回治療を受けたエミネムが、アルバム1枚丸々使ってそのことを取り上げたのは、逆にその問題について自分なりの解決を見たからではないかと思うのです。確かにスリム・シェイディは登場し、あれこれ活躍しますが、かつてのように全体を支配するような格好良さは発揮していません。薬物やトラブルでみっともなく暴れるマーシャル(エミネムの本名)の方がリアルであり、聴き手の心に届きます。
 アルバムのジャケットはエミネムの顔ですが、よく見ると無数の錠剤が集まってできています。これはたんなるコケオドシではなく、「克服」したからこそできる「意志の表明」「覚悟」ではないかと思います。健康どころか命そのものさえ奪いかねない悪魔と闘い、勝って戻ってきた彼は、表現者としてその問題に向き合い、作品に昇華させたのではないか、と思っています。ヒップホップ界は様々な理由で大きな才能が夭折することが多いので、この「帰還」と「作品」は、本当に喜ばしいことです。
 アルバムの裏ジャケットには、D12時代の盟友であり、2006年に他界したプルーフへの謝辞が掲載されていますが、その最後にエミネムはこう書いています。「P.S. I’m sober now. I know you’d be proud.(追伸、今僕は素面なんだ。君ならきっとそれを誇りに思ってくれるよな。)」ライナーによれば、すでに年内に続編が予定されているというエミネム。深いドラッグの闇から戻り、現代音楽シーン最大の知性は、今度はどんな地平に辿り着こうとしているんでしょうか。今から楽しみです。

リラプス~デラックス・エディション(DVD付)

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