劇評「Tommy」

 昨日、ミュージカル「Tommy」を観てきました。
 この作品がどういうものかの説明は不要ですよね。そう、あの名作の舞台化作品で、1993年にはブロードウェイ版がトニー賞も受賞したというアレです。まさか日本で観られるとは思いませんでした。ただ、もともと抽象的なストーリーで、過去にもフォーマットごとに設定や内容が微妙に違っているし、大体こういうものは、オリジナルを越えることはあんまりないんだよな、さあ、どんなことになっているのだろうと、期待というよりも不安の方が大きい状態で東京厚生年金会館へ。けっこう前の良い席で観劇開始です。
 舞台となる時代は、オリジナルの第一次大戦後ではなく、ケン・ラッセルの映画版と同様第二次大戦後になっています。その方がより現代的で、観客にイメージしやすいからだと思いました。基本的なストーリーに変更はなく、三重苦の主人公がピンボールの才能を発揮し、自己を解放してカリスマとなるが、信奉者の離反により再び孤独になって、、、というものでした。
 ただ、今回印象的だったのは、今までのどのフォーマットよりも「家族」というものが強くでていたことです。今までのものではそれほどの役割ではないトミーの両親は、単なるトミーの三重苦の原因以上の存在で、常にトミーとともにあり、彼のために尽くします。
 今回の舞台での、ほぼ唯一の新曲は両親の歌うもので、一向に快復しない息子に対する愛情と責任感そして諦めの感情をテーマにし、最後には夫婦が見栄や気取りを捨ててお互いの弱さを許し合うという内容でした。その曲の中であった、鏡の前に立つ息子に寄り添うように自分たちも立つというシーンは、今までの「Tommy」にはない、暖かい感情を呼び起こすものでした。第2部の冒頭、快復しない息子の誕生日のシーンで、母親が寂しそうに、息子が生まれたときに産院で看護婦が歌った「男の子ですよウォーカーさん、男の子です・・・」を口ずさんでため息をつくところで、僕は少し涙ぐんでしまいました。
 そして、いとこのケヴィンとアーニーおじさん。この2人も、ほぼ全編にわたって登場します。この2人も、想像していた以上に物語にコミットしていて、「家族」「血」というものが作品の大きな部分を占めているという思いを強くしました。
 特にアーニーおじさん。たぶんこの人が、今までの「Tommy」関連の作品と、最も違う扱いを受けた登場人物でしょう。あの変態おじさんは、(やってることは同じですが)ある意味でとても人間的で、自分のやっている卑しい行為を自覚し、どこかで恥ずかしいと思っている、という人物として描かれています。夫の不在中、戦時下で不安なウォーカー夫人にこっそり闇物資を差し入れてあげるところなど、彼の「やさしい」部分も観られます。プログラムを読むと、この演出上の変更は意識的なものだったそうで、演じた役者さんの「同情に値する人物として演じた」という言葉が掲載されています。映画じゃキースが変態丸出しの感情移入度ゼロの演技だったアーニーおじさんですが、今回は刮目しました。
 さてさて、細かい演出や舞台構成はネタバレ予防であまり書きませんが、通常のミュージカルのようなオーケストラ・ピット形式ではなく、舞台上部に演奏ブースがあり、そこにバンド全員が常に登場している状態で演奏を行います。演奏はすべて生。PAから出てくる音はまさしくロック・コンサートのそれで、普通のミュージカルファンの方はびっくりされたんではないですかね。僕はうれしかったです。
 そして結末。意識的に曖昧にしたオリジナル、脈絡もなにもないハッピーエンドのケン・ラッセル版に比べてシリアスだといわれているものですが、、。僕は満足しました。そうか、こういう終わり方だったのか。実はブロードウェー版の劇評は読んだことがあり、ふーん、そういう終わり方なのか、とは思っていたのですが、実際に観てみると、やっぱり単なる言葉以上の説得力を持ったものでした。当たり前ですが。僕は支持します。
 役者さんの歌や踊りはやっぱり見事で(考えてみれば本場と同じなんだから当たり前ですが)、見応えはありました。ふだん聴き慣れた曲が、複数の歌手によるアンサンブルとして歌われるところなど、新鮮に感じました。そしてもちろん「Tommy」の楽曲自体が持つ魅力。どんなフォーマットでも、これは変わりません。いろいろなフォーマットがある希有な作品ですが、それだけ普遍性とクォリティがあるものなんだということも、改めて思い知りました。
 観る前は不安があったと最初に書きましたが、観終わった感想は、「よかった」でした。破綻なく終わった、オリジナルのイメージを壊さなかった、というものではなく、そこにちゃんと新しい意味を加えることに成功していました。忙しいのに行って良かったです。
 ただ惜しいかな、客席の入りがちょっと「もう一歩」という感じでしたが(観に行った人はみんな満足そうな表情で会場を出て行っていました)。これは一見の価値があります。もし迷っている方、「どうせ、ありがちな「ロック・ミュージカル」じゃないの?」と思っている方、ぜひ行ってみてください。

ロック・オペラ“トミー”

ロック・オペラ“トミー”