近未来小説「ストーンズ ワールドツアー記者会見2008」

 2008年8月○日。スポーツの祭典・北京オリンピック ー中国政府が国の威信を賭けて大成功を目指した大イベント ーの開会式まであと24時間あまり。だが僕はその取材ではなく、全く別の理由で遥か中国大陸ではなくここニューヨークにいる。あの9.11の跡地、フリーダムタワー建設現場の広場の特設ステージの前に。そう、48時間前に指令があったのだ。「グラウンド・ゼロへ行け。待ち焦がれた友が帰ってくるぞ」。ボスから渡されたパスはプラチナの輝きだった。そう、ずっと待っていた知らせが来たのだ。彼らが戻ってくる!
 昼間の熱気がまだ冷めないまま日が落ちていく。大都会のあちこちに明かりがともり始めたその刹那、突然アナウンスの声が辺りに響いた。「ウェルカムバック・ザ・ローリング・ストーンズ!」前方のステージを覆っていた白布が取り払われるとそこには巨大スクリーン。映っているのは・・・ケネディ空港だ。小型ジェットのタラップから4人のメンバーが降りてくる。もちろんあの「地獄から帰ってきたギタリスト」も一緒だ。タラップを降りた4人はそのままヘリコプターに乗り込み、飛び立つ。行く先は、、ここだ!スクリーンのヘリが小さくなるにつれて、耳が、五感が探し始める。かすかなローターの音を、向かってくるへりの音を、機影を。
 2006年のキースの事故ほど、40年を越えるストーンズの歴史に、初めて本当の意味での「終り」を意識させたものはなかった。頭部の重症、手術、そして「失踪」。欧州ツアーをキャンセルしたあと世界中のマスコミとファンの目をかいくぐり、彼ら・・ストーンズ、もちろんキースも・・は姿を消した。再起不能説・昏睡状態説・そしてもちろん死亡説まで。「ポール・マッカートニー以来最も有名な死亡説」と言われた約1年間の空白期間を置いて、こんどは突如「私はキースを見た!」というニュースが世界中を飛び回った。アメリカで、イギリス、ドイツ、フランス、南ア、日本でまで。まるで僕たちを玩ぶかのように、世界最新の都市伝説は毎日地球のどこかでニュースになっていた。すべてはあのおちゃめな4人組の仕組んだゲームとも知らず、、。
 そう、今は世界中の人間が知っている。僕たちが幻のオアシスを追っている間に彼らは密かに「帰郷」し、レコーディングをしていたのだ、アビイ・ロード・スタジオで!そう、そう、今は全てが明らかだ。彼らは「休養」をとっていたのだ。果たしてキースは重症だった。術後の休息とリハビリのために、ストーンズ一家は団結してキースを守ったのだ。そして全てが幸せな結論に達した時、彼らは自分たちの本当の故郷へ、、イギリスへ、そして音楽シーンの最前線へ、戻ってきたのだ。
 へりの音はもう耳をつんざくようだ。少し離れたポートに着陸したへりから、待ちに待った瞬間がやって来た。ロニーが、チャーリーが、そしてミック、一番最後に笑顔のキースが降りてきたのだ。おお、神様、この瞬間をお与えくださって感謝します。時計を見る、午後8時、明かりの中をストーンズがやって来る。ああ、プアー・リトル・ベイジン。かの大国が何年もの時間と国家予算をつぎ込んで始めるオリンピックよ。その日のために世界が用意したスポットライトは、たった1日前にすべて持っていかれてしまったよ。ザ・ローリング・ストーンズに!
ステージに4人が並ぶ。月まで届くかのようなフラッシュの嵐。まぶしそうな顔をしてはいるが、確かに4人は楽しそうだ。
ミックがマイクに向かい、声を出す。「あー、あー、後ろまで聞こえてるかい?オーケー、それじゃ始めようか」ここで期せずして大きな拍手と歓声が起こった。再び時計を見る。歓声は1分間続いた。「おしゃべりはいいのかい?」ミックの声にやっとメディアの山賊達は自分の仕事を思い出した・・思い出したくなんかなかったが。。
 質問が始まった。「イギリスのタイムズです。えー、まず最初に、お帰りなさいストーンズ、キースと言わせてください」またもや拍手。「事故以来の2年間、何をされていたんですか?」ミックが答える「いつものとおりさ、ツァーが終わって、休息をとって、レコーディングということだけだよ」少し息をついでこう続ける「もちろん、今回はちょっと違ったんだけどね」
 事故以来の彼らは一時南フランスに身を隠した。キースの傷を癒すためだ。その話も出てくる「リハビリをするためには静かな環境が必要だった。みんなにはちょっと迷惑だったかもしれないけどね」。次の質問は振るっていた。「行動を悟られないために特殊な作戦をされたと聞きましたが具体的にはどんなものでしたか?」ミックはにやりと笑って答える「いやいや、なにもしていないさ。本当だよ。まあ、噂じゃあ俺達がかく乱のためにキースのそっくりさんを1ダース雇ったなんてなってるけどね」キースが思わず発した笑い声をマイクが拾う。「まあ、その辺の話は本気にしてくれてもいいよ」。
 キースに質問だ「今回の事故と騒動から何を学びましたか?」マイクに向かうキースにプレスが一瞬固唾を呑む。「ああ、いろんなことを学んだよ。この歳でもまだ学ぶ余地があるってことは最高だね。うーん、一番となると、そうだなあ、パームツリーには登る時は下にクッション敷いとけってことかな」。会場を埋める笑い声。暖かい笑い声。
 「ロニーに質問です。復帰したキースとのプレイについて何か」「少しはオレに遠慮するかと思ったんだが、相変わらずさ。スタジオでは延々とジャムってたよ。それに今回は、新しいコンビネーションを考えるよりも、これまでのノリを磨くほうに力を注いだんだ。その方がみんな嬉しいだろ?」ああ、まったくだよ。
 「チャーリー、スタジオではキースにどんな風に接していたんですか?」明らかにチャーリーの病気を意識しての質問だが、英国紳士はそんなものには動じない「キースにだって?そうだな。彼がやって来てギターを弾き出すまでは帰らないようには心がけていたよ。2人ともお付きのナースがいてね、時間調整が大変なんだ」
 続いてツアーの日程が発表される。なんと最初の地はフランスだ。キャンセルされた欧州ツアーをまず最初に行い、次いで北アメリカ大陸南アメリカ、日本とオーストラリア。今回のハイライトはアフリカだろう。カイロ・ナイロビ・ヨハネスブルグなどを回る予定が発表された。休暇を入れて約2年間の巡業だ。
 「戻ってこられてうれしいよ。何しろ今回は、、」珍しく真剣な表情で言いかけて、ミックは再び本心を隠すような笑みを浮かべてこう続けた「ところで今日は『コレが最後のツアーか』って質問はないのかい?」
全てが元通りになった。信じられないが、これが真実だ。今回もストーンズには常識や憶測は通用しなかった。記者会見の最後を締めくくるのはもちろん生演奏だ。「悪魔に同情して高い代償も払わされた/壁を黒く塗って運にも見放された/でもほら、ルード・ボーイズが帰ってきたぜ/分け前をもらいにね」ツアー初日に発売になるニューアルバムからのシングル「Rudies Get Back」。21世紀の「スターティング・オーヴァー」。彼らは戻ってきた。自分たちの取り分を取りに。そして世界は、今回も喜んでその富を差し出すだろう。

 ※もちろんこの小説はフィクションです。キースの容体が思わしくないという報道を聞いて、思わず書いてしまいました。ちょっと長くなってしまいました。
 キース、僕はちっとも心配じゃありませんよ。あなたはいつでも世界をあっと驚かせてきた人ですからね。右往左往するマスコミやファンを眺めて楽しんでるんでしょう。きっとそうだ。しょうがない、許してあげますから、次のツアーではちゃんと日本中回ってくださいね。

Love You Live (Reis)

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