そう、僕は楽観的な人間です

 今日がなんの日かはみなさんご存知だと思います。今朝は早くから大騒ぎでしたね。本当なら静かに逝かれた方々を偲び、平和に感謝する日だというのに。crayolaさんのブログ硫黄島の凄惨な戦闘の模様を読みました。漠然と知っているような気がしている先の大戦ですが、こうして丁寧に紐解いてみると、まだまだ知らないことも多いです。この歳でも知らない事は多いです。
 さて、今日の日記はどうしようかな?悲観的なことを書こうと思えば簡単にできます。そんなネタ、今日に関しては山ほどありますね。僕自身、最近のあれこれは心沈むようなことが多いです。
 最近読んだ新聞記事(10代の子どもたちがブログを書く事についての記事でした)で「ブログで一言『お母さん嫌い』と書くと、あっという間に同じような書き込みが集中する。ネットでの表現は、負の方向に拡大しやすい」ということを読みました。ならば今日は、それに対抗して明るい事を書きましょう。音楽の話をしましょう。
 ユートピアの「Swing To The Right」は1982年に発表されたアルバム。この前年に出した「Deface The Music」は、ビートルズのパロディアルバム的な作品だったんですが、このアルバムもどこかビートルズ的な部分がある作品です。ジャケットを見て「!?」と思われた方も多いでしょう。そう、これはあの、ジョンの「キリスト発言」が原因でアメリカで起こったビートルズ排斥運動での「みんなでレコード焼いちゃおう大会」の写真です。本当ならビートルズのLPが移っているところに、ユートピアは自分たちのアルバムを合成しています。
 そのデザインからも予想できるように、このレコードは、ユートピアあるいはトッド・ラングレンの諸作品中、最も直接的な「社会的メッセージソング」が多いものになっています。このころアメリカではレーガン大統領の時代で、社会全体が保守化していく時期でしたので(アルバムタイトルも、そういう動きをヒントにしているのでしょう)、トッドとユートピアのメンバー達は、わりと明確な形でそれに対しての立場を表明した事になります。曲もアレンジも演奏も、ユートピアの作品としてはポップでまとまっていて(なぜか日本の評論家のセンセイ方には評判が悪い。「レコードコレクターズ増刊アメリカン・ロックVol.1」での酷い扱いは一読の価値あり)、聴きにくいものではありませんが、歌詞は(いつものSFテイストもあるし、トッドらしいロマンチック感触もありますが)どちらかというと暗いもので、それもトッドにしては珍しく多少暴力的な印象です。
 軍隊に行く男を唄った「Lysistrata」、音楽が消費財に堕していく「Junk Rock」、地上最後の1ドル札を見物するために自分の血や肉を売るという、悪夢のような「Last Dollar On Earth」、ブラッドべりの、あの有名な小説そのまま「Fahrenheit451」(華氏451度)など。もともとトッドは、世の中の流れとは相いれない「永遠のロック書生」のような理想主義の人で、そこが魅力なのですが、普通ならそれは「世の中がどうあろうと僕は変わらない」という、ちょっと抽象的な言葉になることが普通です。でもここでの彼は、この作品以前も以後も例を見ないような勢いで世界を斬っていきます。その歌詞のせいか、ポップなはずの音も、だんだん暗いトーンを帯びてくるような気になってきます(歌詞なしで聴いていても、だんだん重くなってくるような気がするんです。音の表層は明るいのに)。
 ラストから2番目の「Only Human」は、重厚でドラマチックなメロディとアレンジ、そしてトッドの素晴らしい歌唱で、名曲といっていいですが、歌詞を読むとこんな感じです「弱い者を蔑むのは人間だけ/自分を蔑むのは人間だけ/未知のものを恐れるのは人間の性/一人で生まれ、一人で死んでいくなんて悲しすぎる」。実際にアルバムを通して聴くと、ここまででもう「重厚できまじめな作品を聴いた!」という感じで、ある意味「お腹いっぱい」になります。トッドの真剣な眼差しはよくわかった、この曲で終わってもそれなりの作品ではあったでしょう。
 ところが!重いバラード「Only Human」が終わると、突然、さあっと日が差すような勢いのギターの力強いストロークで、「One World」が始まります「通りを歩くたびに生まれてきた事に感謝するよ/どの家からも音楽が流れてくる/友達に合えば、目と目であいさつさ/みんなをつなぐ何かがあるんだ/最高じゃないか!」。
 さっきまでの重い雰囲気、暗い未来、悲しい現実、、、。その全てを吹き飛ばすかのようにシンプルに力強く唄われる、「手放しの人間讃歌」。そう、トッドは、ユートピアは、ただ世相を歌いたかったわけではなかったんです。どんなことがあり、どんなに望みが薄かろうと、僕たちは大丈夫だよと、最後の最後でいうつもりだったんです。基本的に3つのコードしかない(思いっきりビートルズを意識した)この曲は、今ではトッドのコンサートでは必ずみんなで大合唱になる1曲です。実際にアルバム1枚聴いていくと、この曲が始まった瞬間の戦慄がわかってもらえると思います。
 そう、未来を信じるということは、人間を信じるということ。理屈や理論じゃない。最後の最後では明るく前を向く事なんだ。さっき僕は「明るいことを書きましょう」と書きました。それはこの「Swing To The Right」をお手本に考えたことです。世相を批判的に書いて、その気持ちを拡大させたくない。ささやかながら、明るい気持ちを表明したい。それが僕の、終戦の日の偲び方です。
 「One World」の後半ではこんなことが唄われます。付け加えることなんかありません。機会があったらぜひ聴いてみてください。ポップで明るい、そしていつまでも色褪せない「希望の歌」だと思います。「政治家も独裁者も金持ちも、自分たちが世界を動かしていると考えているけど/わかっちゃいないね/通りへ出てきてごらんよ、すべて僕たちの思いのままさ/ベルリン、サンフランシスコ、ニューヨーク、そして東京まで全部ね/ひとつの世界/僕たちの世界/たったひとつの世界/僕たちみんなの世界・・・・」

Swing to the Right

Swing to the Right