アルバム評ザ・フー「Endless Wire」

 まずは10曲目から始まるミニ・オペラ「Wire And Glass」について。先行シングルはまだ製作途上のバージョンかと思っていたら、基本的にはアルバムバージョンと同じで、驚いた事に演奏時間もほぼシングルと同じでした。シングルはオペラの完全版から数曲を抜いた形になっています。国内盤の解説(保科好宏氏)によると、これは3人の男女が結成したロックバンドの成功と挫折を、2035年という近未来、全てを見ていた老人の視点から語るというものらしいです。興味深いのは、その老人というが、あの「Psychoderelict」に登場したミュージシャン、レイ・ハイだということ。商業的にはまったくの大失敗だった「Psychoderelict」の主人公を再登場させるところに、ピート・タウンゼンドのこだわりを感じます(ただし、解説文と歌詞を読む限り、「Psychoderelict」とのストーリーとしての関連はないようです)。
 このオペラですが、具体的なストーリーや登場人物などの詳細はまだわからない状態なので(ピートの小説がもとになっているらしいです)、あまり断定的なことは書けないのですが、僕が予想していたような「Lifehouse」や「Psychoderelict」に連なるようなSF的なものではなく、もっとピートやザ・フーの実像に近いところで展開するもののようです。その意味では以前のオペラ作品よりもオリジナルアルバムに類似のあるものかも知れません。
 実際に歌詞を読んでいると、明らかにフーの歴史を踏まえた表現もあり、これからいろいろ調べていくのが楽しみです。上に「Lifehouse」的でないと書きましたが、それでもテーマは今回も「スターダムと聴衆の関係」「きらびやかな虚像と苦悩する実像」であり、その意味ではピートの全ての作品を貫くものであり、つくづくこの人の粘り強さと誠実さには頭が下がります。
 1曲目から9曲目までの作品についてですが、解説では全曲がひとつのストーリーを構成しているように書かれていて、実際10曲目以後の作品と同じメロディや歌詞なども登場していますが、今の段階でどのように位置づけるのかはわかりませんでした。10曲目以後の作品群は、歌詞のうえからはそれだけできちんと完結しているように感じられて、改めてその前の作品に補完してもらうようにも思えなくて、うーん、そのへんはもう少し聴きこまないとわからないのかも知れません。
 音の方ですが、ピートのソロにあったような「音を詰め込んだ」ものではなく、空間を意識したアレンジのものが多く、変な表現ですがそのへんが「フーの音楽」という感じを強くしています。たとえば「Tribily's Piano」や「Fragments Of Fragments」など(僕の想像では)ピートのデモをそのまま踏襲したようなものですが、そういう作品はむしろ例外的で、その他の曲はバンドの生の息遣いが感じられます。これはやっぱり他のメンバー、とりわけロジャーの存在抜きに説明できないでしょう。ピートはこれまでもデモ曲をたくさん公式にリリースしてきましたが、デモの段階では繊細なイメージを持っている曲が、フーの完成バージョンでは力強く変貌を遂げているという例が多くあります。重要なのは必ずしもアレンジが大幅に変わっているのではないところで、バンドが演奏する事でもともとの作品に魅力と強さが加わっているところです。まさにバンドのマジック。今回もきっとそれが起こったに違いありません。僕は2年前に発表されたベスト盤に入っていた「新曲」2曲から、もう少し落ち着いた作品になるのではないかと考えていたのですが、いい意味で裏切られました。そういえばちょっと気がついたのですが「Pick Up The Peace」のバック演奏はもろ「四重人格」の「Dr. Jimmy」に似ていて「ニヤリ」ものでした。
 このレコード、購入するまでは「24年ぶり!」というところで構えていたところがありましたが、実際に聴いてみると、そんなスポーツ紙の見出しみたいなイベント性よりもずっとしっかりした作品で、聴いている間はそんなこと思い出しもしませんでした。正直にいってまだ全てを把握して楽しんでいるわけではなく、いろいろ思いを巡らしながら聴いているという感じではあるのですが、良い作品であることは間違いありません。
 フーは今コンサートツアーの真っ最中、再来日公演の噂も上ってきました。ぜひそれが実現することを願いつつ、「Endless Wire」をヘヴィー・ローテーションで聴きこんでいくことにします。
追記:ちょっとだけ日本盤ライナーの補足。保科氏の解説に「解散後の(フー名義の)スタジオ作品は4曲のみ」とという内容が書かれていましたが、僕の記憶ではもう1曲あります。エルトン・ジョンバーニー・トーピンへのトリビュート「Two Rooms」に「Saturday Night's Alright for Fighting」のカヴァーが収録されています(フーの4枚組ボックスにも収録されています)。これもちゃんとフー名義だったはず。ちなみにこの曲ではドラムはサイモン・フィリップス。曲の後半「Take Me To The Pilot」も飛び出す最高の演奏です。

Endless Wire (W/Dvd)

Endless Wire (W/Dvd)