カヴァー集の形をとったオリジナル パティ・スミス「Twelve」

 パティ・スミスのニューアルバム「Twelve」が発表されました。僕は事前の情報をあんまり知らずに店頭に出ているのを見たんですが、今回のアルバムは、カバー集になっています。曲目を観てちょっと驚き。ほとんどが僕の良く知っている、というか好きな曲でした。もちろん即購入。CDのブックレットには「制作者の意図により、歌詞および対訳は掲載されておりません」と記載されていましたが、僕にはまったく問題なし(笑。みんなオリジナルで持ってます)。
 収録されているのは全12曲。時代的には67年発表のものから最新でニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」まで、意外なところではティアーズ・フォー・フィアーズの「Everybody Wants To Rule The World」やポール・サイモンの「The Boys In The Bubble」など、パティ本人が選んだものが並んでいます。
 こうしたカヴァー集は、その制作意図が気になりますが、実はパティ本人のライナー(これは原文も対訳もあり)を読んでも確たることは書いてありません。1曲1曲について、レコーディングの状況を中心としたコメントがあるのみ。アルバム全体を語った部分はありません。大鷹俊一氏によるライナーによると、「ロックの過去から未来へとつながる道筋に点在するものを検証し、消えていた灯をともし、かつての力や創造力、切れ味を取り戻させる行為」ということが書かれています(引用部分は、パティがこれまで他人の曲を取り上げてきたことを大鷹氏が『こうではないか』と総括されたもので、このアルバムについてのみ断定されたものではないですが、この部分以外には言及がありません)。
 こういうときは実際の音が一番の手がかりです。というわけで、何回か聴いてみました。まだ結論めいたことを書くのは早いのかもしれませんが、これはカヴァー集というよりもパティの新作(オリジナル作品)という印象でした。もちろん演奏されている曲は他人のものです。それぞれオリジナルのアーチストによる演奏が身体に馴染んだものばかりで、その意味では「パティが演奏している」というところに興味が向くものです。落ち着いた、アコースティックな色合いの濃いアレンジとボーカルはとてもレベルが高く、いくぶん暗めの雰囲気ですが素晴らしい出来です。「Within You Without You」も、僕にはうれしいボブ・ディランの隠れた名曲「Changing Of The Guards」なども、原曲をなぞるのではなく独自のアレンジにより、原曲とは違う魅力を出す事に成功しています。
 でも、1曲1曲ではなく全体を通してみると、気持ちに残るのは「たくさんの名曲を聴いた」ではなく「パティ・スミスの新作はいい出来だった」というものです。確たることは(まだ)言えないんですが、このアルバムは「自分が愛してやまない名曲」を手がかりにして「現在のパティ・スミス」を体現した力作だと思います。
 パティは今年、ロックの殿堂入りしました。そのときのスピーチがロッキング・オン5月号に掲載されていましたが(掲載された部分だけでも感動的なスピーチでした)、その中で先年亡くなったご主人の「新しい世代に敬意を持ちなさい。世界をより良くするのは彼らなんだから」という言葉を紹介していました。僕はパティのこの言葉と態度に、心から賛同と賞賛を送ります。ライナーを書かれた大鷹氏に楯つくわけではないですが、僕にはこのアルバムは、素材(曲)こそ古いものでも、まなざしは間違いなく「未来」なんだと思っています。だからこそ、僕はこのアルバムを、ぜひ若いファンにも、収録されている曲を全然知らない人にも聴いてもらいたいと願っています(もちろん、僕みたいなオールドファンにも感動的ですよ)。「Twelve」はパティ・スミスの最新オリジナル・アルバムで、そして素晴らしい名作だと思います。

トゥウェルヴ

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