アルバムレビュー「Memory Almost Full」

 冒頭の曲の進行にまず感心しました。ちょっと聴きには単純なものですが、ヘッドフォンで聴くと凝ったアレンジで、それを実にシンプルに聴けるようにしています。ドラマチックではないけれど、ポール・マッカートニーのファンにはずっと愛される感じのものですね。続く2曲目は事前にネットで試聴ができたものですが、これも実にすっきりとポップ。このどちらも2分台の後半という短い時間のものですが、聴いていると小気味よく進む感じで、アルバム全体への導入にはもってこいです。もったいぶらずに最初から楽しい、というふうに。
 3曲目は最近のポールではあまりなかった、イントロからコーラスが入ってくるちょっと早めのテンポが引き締まった感じのバラード。コーラスは曲全体に渡ってフィーチャーされていて、これもファンにはうれしいプレゼント。
 そして僕にとっての最大の収穫、4曲目が始まります。文句なし。これ以外に書く事がありません。何か予感を感じさせる静かなイントロから一転、「最高のポールが最高の曲を演奏」を聴かせてくれます。これはバンドでのレコーディングだそうで、ノリも抜群です。変拍子のブリッジからメジャーのサビに移るところなど鳥肌が立ってしまいます。このものすごい曲がたった4分18秒。信じられません。今年最高の4分間です。
 物悲しいムードの5曲目は歌詞を読むとなおさらメランコリックで、僕はなんとなく「Here Today」に通じる、親友に語りかけているものではないかと思いました(まだ結論は出せませんが)。このアルバムは全体に歌詞が実にシンプルで、それでいて決してルーティンという感じがしません。6曲目はけっこう技巧的な曲ですね。イントロのピアノ、僕は生演奏ではなくサンプリングループのように聴こえました。そういう効果を狙ったアレンジなのかも。でもすっと聴けてしまうというのがこの人のすごいところ。「The Pound Is Sinking」と似た感じを受けました。アウトロも含めて印象が強いです。7曲目もまたアレンジ(とコーラス)で引っ張る曲。この曲もそうですが、このアルバムはどの曲も短く、変に引き延ばしたりしない感じですが、だからというか、アレンジはどれだけ凝っても無駄がないですね。
 8曲目は明るい出だしとマイナーな第2主題が絡み合って、しかもポールの高音ボーカルもあって聴き応えあり。でも2分ちょっとなんですよね、驚きです。メドレーで続く9曲目はノリ一発ぽいロックンロール。ポールの大好きなスタイルで、ボーカルも実に張りがあって気持ちいいです。10曲目は打って変わってアコースティックなバラード。でもアレンジはバンド全体で演奏するもので、ボコーダーまで動員した凝ったコーラスはまるで70年代のビーチボーイズのようです。これもアレンジ、演奏に手間をかけたものになっています。
 11曲目は(8曲目から続く)メドレーの最後を締めくくる、重厚なバラード。8曲目からここまではポールのバンドが演奏していますが(4、5曲目もバンド演奏だそうです)、この曲はまるでウィングスのような、ポールも含めたバンド一丸で当たったというべき作品です。歌詞がまた、なんだかよくわからないもので、変な言い方ですがポールの本領発揮ですね(皮肉や冗談ではないです。みなさん、「Uncle Albert」や「Jet」が何の事を歌っているか正確にわかりますか?僕はわかりません。この曲もそういう感じです、そしてそれがいいんです)。
 そして12曲目。「終わりの終わり/よりよき土地への旅の始まり」というピアノ中心のバラード。これもシンプルながら細部まで手抜きのないアレンジです。オーケストラの使い方がちょっとジョージ・マーティン卿に似ています、というか「ジョージ直伝」ですね、ポールの場合。この3分に足りないほど短く美しい曲で、この傑作は幕を閉じます。
 え?次の曲はどうしたって?いやだなあ、ここでアルバムは終わるんですよ(笑)。次の曲はね、「Wings Wild Life」のエンディングみたいなものです(けっこう本気でそう思ってます)。ポールのファンなら楽しめる「狂気のポール」ですね。Taishihoさんのブログによるとヘザーのことを歌ったんだそうで、それならなおさら「隠しトラック」でしょう。かっこいい曲ですけどね。
 国内盤にもう1曲あるボートラ(おいおい(笑)!)は悲しいムードのバラード。でもボートラにしておくには惜しい出来です。この曲と13曲目の順番を入れ替えて…(しつこい!)。
 一番長い曲が5分にちょっと足りないくらい、ほとんどの曲が2分台3分台という、テンポのいいアルバムです。1曲1曲の質が高いので、次々と曲が移っていくのはまるでメドレーのようで気持ちいいですね。そしてアレンジの凝り様。どの曲も見事なアレンジで、ときには曲を引き立たせたり全体を引っ張ったり。少し聴くと簡素な感じのところも聴き込むとその深さがわかります。
 特筆すべきは全体の音に対するセンス。これはポールの音楽についていつも思うんですが、音の処理や配置がまったくパターンや流行にとらわれないもので、しかもそれが、音楽のポップさを阻害しないどころか引き立たせている、このセンスは正直空恐ろしいほどです。冗談ではなく、僕はこのアルバムの音の扱いは、ビョークの新作に匹敵する「2007年上半期のトッププロダクション」だと思います。
 それからもうひとつ。僕は「Flowers In The Dirt」からポールの作風は少し変わったと思っているんですが、それがここにきてついに作品として完成したな、と思いました。僕の思い込みだけなんで強く主張するものではないんですが、特に「Flaming Pie」や「Driving Rain」で試行錯誤していたものが、前作と今回のアルバムで見事に花開いたと思っています。これがここで完成してまた次の段階にいくのか、しばらくここに留まるのかはまだわかりませんが、今はこの成果に僕は十分満足して、そしてポールに感謝しています。
 もうじき65歳のポールがまだこんなに自分を高め、力を発揮できるなんて本当に尊敬します。さあ、残るは来日公演だけですね。待ってますよポール。

Memory Almost Full

Memory Almost Full