プリンスの新譜とイギリスでの騒ぎについて

 プリンスの新譜「Planet Earth」が出ましたね。早速聴いてみましたが、これはすばらしいアルバムです。ここ数年充実した活動をしていた殿下ですが、今回の作品は格別です。歌詞という点から考えても、今回は社会的なメッセージ性と殿下独特の「オレ様」テイストがとてもわかりやすい形でブレンドされていて、歌詞カードを読むのが楽しいです。曲や演奏は、殿下の最もポップな側面を強調してきたような感じ、しかも曲想はファンクあり、ジャズあり、バラードありと聴き手を飽きさせないものです。凄みや閃きという点ではいくつかの過去の作品に及びませんが、そういうものよりも1曲1曲の出来で勝負!とも言えるかも知れませんね。僕は聴きながら「Sign Of The Times」や「Diamonds And Pearls」を思い出してしまいました。50分弱、変なボートラもなしという収録時間もグッドです。これは大ヒットするでしょう。タイトルも含めて殿下らしい名作の誕生です。
 と、作品としては問題なしですが、今回はそのリリースに関して問題がありました。もういろいろなところでニュースになっているのでご存知の方も多いと思いますが、殿下はなんとイギリスで、ある新聞の「付録」として「Planet Earth」全曲と過去のヒット曲を収めたCDを、事実上無料で配布してしまったんです。なんでも英国ツアーのチケット購入者にもチケットと一緒に渡しているんだそうで、こうなると「欲しい人は無料で入手できてしまう」という状態といっていいほどで、当然ですがイギリスの小売り業界とレコード会社(イギリスでの正式な版権を持っているソニーBMG)は大反発、結局この作品の英国盤は出ない模様で、ヒットチャートにも出てこないかも知れないようです。
 さて、この件に関してはいくつもの考察が可能です。プリンスに関しては、過去からずっとレコード会社との軋轢が報じられており、契約逃れのためにやっつけ仕事のレコードを出したり、自分の顔に「Slave」と書いたり、殿下らしいエピソードも多いです。かつて作品を世界的に配給するのなら、メジャーなレコード会社との契約は逃れられないことでしたから、どんなに自分はいやでも契約せざるを得なかった。それが今では、ネットの発達によりファンとのコミュニケーションも可能になり、音源の配信などが発達していけばレコード会社を経由しなくても作品の販売が可能になってくる、そうした中での「レコード会社による支配」に反旗を翻したと言える部分もあります。これは作品の販路がパッケージメディア以外にも可能になった(要するに、配信のインフラが整った)というところが大きいといえるでしょう。
 その証拠といってはなんですが、今回の件、音楽雑誌ではなくパソコン雑誌である「マックピープル2007年9月号」の津田大介氏による連載「音楽配信一刀両断」で大きく取り上げられています。音楽ファンにとっては「いつもの殿下のお騒がせ」に見えるものの本質的な部分を、かなり詳細に解説しており、一読に値します。ここで読める、プリンスが「ネットインフラの充実により活動の本質が変化する」と予測していた(そして、そこに自分の活路を見いだしていた)という部分は、実にスリリングな内容で、読んでいてドキドキしてしまいました。音楽のネット配信というと、未だに「レコード会社と配信会社の交渉が云々」だの「違法コピーに対して著作者の権利をどうやって守る云々」という事しか読めない中で、1アーチストの行動を例にとってではありますが、音楽業界全体の中でのレコード会社の位置づけや、レコード売り上げではなくコンサートや配信で稼ぎ、「レコード会社を儲けさせるくらいなら、CDはタダに近いコストで配り、自分の音楽を愛してくれるファンと直接コミュニケーションをとって同じくらいの収入を稼いだ方がいいとプリンスは判断したのだろう」(上記記事より。「同じくらいの収入」というのは、今回の英国ツアーの収益予測と同額をCDによりプリンスが得るためには、数十万枚を売らなくてはならず、そこまで売っても実際に儲けるのはレコード会社だという、引用部分に先立つ部分での言及をさしています)という考察は、なかなか面白いと思いました。
 執筆者である津田氏は記事の結びに、音楽不況という現状分析はCD売り上げだけを見たもので、コンサート収益などはむしろ上がっているという説明のあと「『音楽ビジネス= CDビジネス』という時代はもう終わったのだ。プリンスの今回の『行動』は、時代が変わったことを如実に表す象徴的な出来事として、多くの人々に記憶されるだろう。」と書いています。ここについては、僕はちょっと断言が早いんじゃないかなあと思っています。今回の殿下の行動については、殿下が「世界的な人気アーチストであり」「CDは間違いなく一定の数が売れ」「コンサート収益も大きい」という前提でのみ成立するものだと考えます。今回の新聞付録については、CD制作費とプレス代、広告料を新聞社側が肩代わりしたとのことですが、これをどんなランクのアーチストにも適用できるかというと、無理だというのが現実でしょう。で、当たり前ですがコンサートの動員数はみんな違います。今回の件は(津田氏が指摘する問題の本質については意見を同じくするところも多いですが)、プリンスだからできたという部分が多く、その意味ではなかなか普遍化しにくいものだと思います。
 津田氏はコンサート収益をレコード売り上げに置き換え可能なものとして肯定的にとらえていますが、近年のチケット代高騰は別の意味でファンとアーチストの間の壁になりつつあるもので、そのあたりについてどうなのかも今後を考えるうえで重要なファクターだと思います(プリンスのチケット代は知りませんが)。これからいろいろなアーチストが独自の動きをする嚆矢ということは間違いでしょうが、僕はまだ様子見だなあと思うと同時に、プリンスの件だけでは業界すべての変化にはまだまだだとも思っています。もちろんこうした動きは応援しますが。
 それにしても、素晴らしいアルバムができたと思ったらこの騒ぎ。やっぱり殿下はただ者じゃないですね(笑)。

Planet Earth

Planet Earth