もう30年経ったなんて信じられないですね。

 今日はエルヴィス・プレスリーの命日であり、ちょうど30年経った日なんだそうです。そうか、もう30年か。当時僕は中学生、すでに洋楽を聴き始めていたので、当時のことはよく憶えています。確かに大ニュースだし驚きましたが、悲しいという考えに至るほどエルヴィスのことを知らないので、どう考えていいかわからなかったというのが正直なところでした。その後僕もエルヴィスを聴くようになり、それなりに好きな存在にもなっていって現在に至りますが、彼のことを心から愛するというのはなかなか難しいというのも、これまた正直なところです。
 何も考えずにただ聴くだけならどの時期の彼も魅力的です。でも、シーン全体、ロック界全体を視野に入れて聴くと、特に映画関連の作品や70年代のものは辛いです。大衆音楽の流れが「ビートルズ登場」以後大きく「自意識と主張」にシフトしていったという視座から考えると、60年代以後のエルヴィスは、残酷な書き方になりますが「取り残された」という感じに見えてしまいます。しつこいようですがひとつひとつの曲はいいものが多いです。それに異論はありません。僕もけっこう所有しています。でもやっぱり、どこか違うと思えてしまいます。
 ビートルズを始めにして、次の時代を担った天才たちに最も影響を与えたのはエルヴィスだったと思いますが、次世代の天才たちはエルヴィスの活動の延長線上ではなく、別の線を描き始めてしまったという感じかな?もしもエルヴィス本人にそのへんの軌道修正をするほどの「嗅覚」や「ずるさ」があったらその後の歴史は違っていたかもしれませんが、幸か不幸か彼にはそういうものがなく、ただただ純粋に歌い続けていった、その結果が上に書いたような時代との乖離だったとすれば、僕のような「いわゆるロックファン」からは、やっぱりいくぶん切ない感想を持たれてしまうでしょうね。ロックファンは誰もが、50年代の彼はとてつもない天才だったと言いますが、一般的なエルヴィス・プレスリーのイメージというと、あの「アロハ・フロム・ハワイ」の白いジャンプスーツだというところも、そういう「不幸」を体現していると思います。なんかひどいこと書いてますね。すみません。でも僕は、大好きだけれど複雑な気持ちになってしまうことを正直に書きたいんです。僕は萩原健太さんや湯川れい子さんではないので、自分の立場で精一杯正直にエルヴィスを感じるしかないのです。
 さて、今日こうして書きながら、部屋にはあるCDが流れています。タイトルは「The Million Dollar Quartet」。ご存知でしょうか?これは1956年のクリスマスに、休暇で帰郷していたエルヴィスが、デビューのきっかけになったサン・レコードのスタジオに遊びに行き、偶然いたカール・パーキンスジェリー・リー・ルイス、そしてジョニー・キャッシュ(なんでこんなすごいメンツがいたんだろう?)と即席のセッションというか、歌と演奏で楽しいお遊びをしていた、その記録です。実際にはジョニー・キャッシュは数曲しか参加していないそうで、彼を抜いた3人が、事前のリハーサルなどない状態で演奏しています。
 これが実にいいんです。エルヴィスがギターで弾き語りをするのをカールのギターとジェリーのピアノがもり立てたり、(たぶん)ジェリーのコーラスでゴスペルを気持ち良さそうに歌ったり、曲の合間にはちょこちょこおしゃべりしたり、本当にリラックスして楽しそう。そしてこういうシチュエーションのためか、理屈抜きで音楽だけを聴くことができて、そうなるともうエルヴィスに敵などいません。僕のような人間が聴いても、ここでのエルヴィスはものすごく魅力的です。こんなパフォーマンスがさらりと出来ちゃうんじゃあ、そりゃ同時代にライバルなんていないですね。発表を前提にしていない(どころか、本人たちは録音をしている事さえちゃんと知らなかったかもしれません)からこそ成立した美しい音楽。僕は真面目に、70年代のラスベガスあたりのライヴ盤などの「ゴテゴテにショーアップされた」エルヴィスの歌声よりも、この「Million Dollar Quartet」での、伸び伸びと楽しんでいるエルヴィスの方が素晴らしいと思います。こういうエルヴィスなら、確かに僕も、萩原・湯川両氏のように手放しで賞賛できます。エルヴィス、あなたにはラスベガスもジャンプスーツもパーカー大佐もメンフィス・マフィアも必要なかったんですよ。ハリウッドの映画もね。ただただギターを弾き、歌ってさえいれば、どんな時代が来ても「偉大な先達」でいられたんですよ。歴史に「イフ」はないですが、彼の人生に、アレとかコレとかがなく、(例えばビートルズにとってのジョージ・マーティンのような)心から助言をしてくれる友がいたら、どんな道が開けていたんだろうなあ?そんなことを考えながら、このアルバムに入っている、エルヴィスが気持ち良さそうに歌う「埴生の宿」を聴いています。

Million Dollar Quartet

Million Dollar Quartet