静かだけれど強い思いの名盤

 1965年春、前年にサイモン&ガーファンクルでアルバムデビューするも成功せず、単身渡英していたポール・サイモンが現地でレコーディング〜発売した、彼の「ファースト・ソロ・アルバム」です。ごく短期間しか市場になかったこと、アメリカで未発売だったことなどから「幻の名盤」的な評価が高かったものです。日本では一時期(S&G大成功のあとに)正式に売られていたこともあり、比較的入手しやすかったんじゃないでしょうか?かくいう僕も1980年にアナログで購入したときは普通にレコード屋で買えました。今回の紙ジャケ再発の内容は2004年の再発盤に準拠するようです。
 「幻の名盤」「希少盤」というのは評価が一人歩きするもので、実際に聴くと「ふーん」みたいなものが多いですが、これはもう、正真正銘の名盤です。ポールがギターを弾きながら歌っているだけという、実にシンプルなものですが、ギターも歌も、そして曲もどれも素晴らしいです。冒頭に書いたとおり、これを吹き込んだときのポールはまだ音楽業界での成功を手にしていません。イギリスでは音楽修行のように地元のスポットに出演したりミュージシャンと交流したりしていたようで、今回のライナーにもあるように音楽的にも転機になったようです。その最初に息吹が、ここに収められています。
 収録12曲のうち、この時期まで既発表なのは「Sound Of Silence」と「He Was My Brother」の2曲、新曲10曲のうち8曲は後にS&Gで再録音されるものです。という情報からも楽曲の出来が素晴らしいことがわかります。それはそのとおりなんですが、実際に聴くと、単に「後に有名になる曲の作者実演バージョン」という以上の輝きを持っていることが感じられます。
 もともとポールには、有名になってからあともいわゆる「スターのオーラ」のようなものはあまり感じられません。どこか孤独な雰囲気を持った人ですが、このアルバムでの彼には、一人であるだけではなく、強い自負が感じられるんです。それは「成功しなかったけれどあくまで自分の道をいく」というふうにも言えますが、もっと深いところで「自分の孤独や心の闇や理想と向かい合いっている」というふうに、僕は思えます。ここで演奏されている曲はどれもモノローグ的であり、彼の作品の中でも被害者意識が強いものが多いです。そしてそのどれもが、ウソでない光を放っている。有名な「I Am A Rock」など、ここでの演奏を聴いたあとではS&Gバージョンではまったくもの足りないです。「Sound Of Silence」はS&Gの2つあるバージョンのどれとも違う激しい調子で歌われていて、この曲の本質が「名状しがたい怒り」であることがわかります(はっきり言い当てられないから言葉数が多いんですね)。
 「Kathy’s Song」は僕にとって、S&Gの全作品の中で最も好きな1曲ですが、このアルバムにも、後の再録バージョンとほとんど同じ弾き語りで収録されています。65年の英国滞在がポールに与えた影響とそれに対するポールの純粋な思いが美しい韻の歌詞で歌われたこの曲は、聴くたびに感動する名曲です。先に書いた「I Am A Rock」が孤独を恐れない気負いを歌ったものなのに対して、「Kathy」は「何かと共にある」ことの静かな喜びが歌われています。ここにある作者の思いは、どちらもうそや建前ではない、聴けばそれが間違いなく伝わるといえるほどシンプルで正直です。
 もう1曲、「A Church Is Burning」。これは「The Side Of The Hill」と並んで純粋なS&Gによるスタジオバージョンがない1曲ですが、もろボブ・ディランに倣ったプロテストソング。黒人教会が放火されるというショッキングな題材を歌っていますが、ディランのティピカルソングよりもずっと詩的であり、ポールとディランの持ち味の違いがわかります。この曲に限らず、全体的にディランがこのころ主戦場にしていたモダンフォオークの香りが濃厚ですね、僕はこの曲が、実は愛唱歌で、最初から最後までなり切って歌えます(へただけど)。面白いところでは「A Simple Desultory Philippic」で、「Songbook」版はモダンフォーク期の、「S&G」版はフォークロック期のディランのスタイルを受け継いでいます(「Songbook」の方では「It’s just sump that I learned over in England」となっているところが「Everybody must get stoned!」に書き換えられています)。そういえばこの曲は、昔のアナログ盤では歌詞カードの歌詞が曲と全然違っていて、今回の紙ジャケの歌詞が正しくなっていたのは僕にはうれしかったです。
 そういえばS&Gのファーストに収められていた「He Was My Brother」の歌詞で、「This town’s gonna be your buryin’ place」となっているところの「This Town」が、「Songbook」バージョンでは「Mississippi」に替えられていて、この曲が何を歌っているのかがより具体的になっています(ちなみにこの歌詞の前の行に「Freedom rider」という言葉が出て来て、この曲が公民権運動のときに行われた抵抗運動のひとつを歌ったことがわかるんですが、今回の歌詞はなぜか「Freedom writer」となっていて、訳詞もわけがわからなくなっていました。明らかな誤りです)。これもディラン的といえるかも知れません。ともにユダヤアメリカ人で同世代の2人、張り合う気持ちがあったのかもしれませんね。
 今回改めて何度も聴き返しましたが、いつ、何度聴いても感動して、また発見がありました。ボートラ入れても40分を切るほど短い作品ですが、名盤の名に恥じないものだと思います。録音した当時ポールが意識していたかどうかはわかりませんが、優れた才能が、業界的なプレッシャーやスターの焦りや驕りと無関係に、独特の花を咲かせることができたという、本当に稀な名作だと思います。