アルバム評 イエス「Live At Montreux 2003」

 春に異動になって、通勤時間は短縮されて楽になりましたが、ひとつちょっとした不満があります。それは「職場の近くにいいレコード屋がない」ということ(笑)。普通のお店はあるし(けっこう大きめの新譜屋さん)、普通のものを見たり購入したりはできるんですが、えー、なんとなく物足りないと(笑)。お察しください。外出の機会はあるので、お昼休みにかかったときや直帰になったときにそういうお店に寄ってきます。前の所属では近所にディスク・ユニオンがあってよかったなあ。経済的には今の方が「健康的」なんですが(実は今の職場の近くにも中古レコード屋はあるんですが、そこは「クリムゾン・キングの宮殿」英国オリジナル1枚2万円!とかのお店なんで僕には関係なしです)。そんなわけで気になるレコードを手にとって吟味できないので、自然とiTunes Storeも見るようになってしまいます。最近ではビートルズのメンバーのソロ曲も配信されるようになっていて、けっこう僕以上の年代のファンにもおもしろいものになっているようです。パッケージと平行販売だとあえて配信を選ぶ理由は希薄ですが、「いつでもどこでも音楽を入手できる」というのは、けっこう貴重なのかもしれないですね。
 イエスの最新作「Live At Montreux 2003」は、2003年にモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演したときの実況録音。もちろんパッケージCDでも販売されていますが、職場近くでは入手できず、どうしてもすぐに聴きたくなってしまい、その夜配信版を購入したものです。でもその直後にHDの調子が悪くなってしまい、iPodに転送できなくて大変でした。配信の怖さの一つですね(笑)。このときのコンサートは、日本公演もあったので(行きましたよもちろん)、その時のことを思い出しながら聴くといっそう楽しいです。
 実際に聴いてみて驚くのはスティーブ・ハウ先生です。来日公演でもちょっとだけ感じましたが、このアルバムでも1曲目「Siberian Khatru」のイントロで「!」と思うほどテンポもゆっくり、音量も控えめです。全体を通してみで「これはひどい」というようなことはなく、特にアコースティック・ギターでのソロなどはゆったりとした演奏が却って重みやキャリアを感じさせてすばらしいです。ただ、往年の曲については少しマイペースかな?という感じです。特にハウ先生がテンポを決定するような場面では、リズムセクションが一生懸命合わせているような感じにもとれました(それでもってアンサンブルは乱れないというのがこのバンドのすごいところ)。
 ハウ先生がそのような感じなのに対して、クリス・スクワイアとアラン・ホワイトの2人は、確実に力強く音楽の骨格を作り上げています。イエスの曲は普通の8ビートではないリズム処理が多いですが、まったく衰えない演奏です。なにかとビル・ブラッフォードと比較されて割を食うアランですが、なんのなんの、ロック・オリエンテッドな演奏の質の高さはもうすでに「ロック偉人」の領域です。クリスのソロではアランのドラムとのインタープレイが聴けますが、ゾクゾクするような出来です(いろいろなフレーズが出てきますが、「Tormato」に収録の「On The Silent Wings Of Freedom」は、出来たらバンドで演奏してほしかったなあ。これは絶対に名曲ですよ。埋もれさせるには惜しいです)。
 そして意外なことに、演奏のレベルを大きく上げているのがリック・ウェイクマンのキーボードです。昔からリックは(イエスのメンバーの中では)スティッキーで肉食人種的な人物で、浮世離れしたバンドの中で浮いた感じがしていましたが、ここでの彼は音楽全体を引き締め、必要なところに必要なフレーズを置きつつ音楽の艶まで演出するという活躍ぶり。歳取って人間が大きくなったのかな?ハウがキース・リチャーズだとしたら、リックはロニー・ウッドですね。本気でそう思います。演奏を細かく聴いていると、リック(やクリス、アランが)ハウを鼓舞するかのように力強くアピールし、ハウもそれに引っ張られてペースや演奏の質を高めていくという場面が随所にあります。ハウ先生だけを聴くと辛いところも、他のメンバー(特にリック)の努力とバックアップで、音楽はちゃんと鳴っているという感じです。
 ジョン・アンダーソンは相変わらず(笑)。いや、本当は笑い事ではないですね。プログレはキャリアがなかなか正当に評価されないジャンルですが、この人の声の美しさと、その驚異的な持続力は、ロック界全体でも高い評価を受けていいものだともいます。僕はソロや喜多郎との競演も含めて何回もジョンがステージに立っているのを観ていますが、いつもいつも、本当に楽しそう・幸せそうです。いろいろ生臭いことも言われる人ですが、そういう表情は大切だと思いますよ。何十年間もできるなんて素敵ですよね。
 ところでこのアルバム、往年の代表曲の他に、何曲か最近の曲も入っています。この新曲の演奏の出来がとてもいい。ここが他の「再結成組」と違うところです。上に書いたように、もうひとつ楽しめていないようなハウが、新曲ではちゃんと輝いています。ステージでの受けは昔の曲の方がいいですが、演奏の質だけならまったく互角です。こういうところ、もっと評価してほしいなあと思いますよ。ロック論壇やロックヒエラルキーではプログレは低い評価に甘んじていて、しかも70年代の再結成組はまったく論外のようなところに置かれていますが、とんでもない、例えばストーンズが、例えばポールが今でも素晴らしい活動をしているのと同じように活動しています。本気で僕はそう思います。
 そういえば、このツアーのあと、メンバーはそれぞれソロで活動をしていて、しばらくグループとしてのニュースがないんですよね。そろそろ新作が聴きたいなあ。実は2000年代になってからイエスは良作を続けて出していますから、期待してしまいます。もちろんこの、ジョン、クリス、アラン、リック、スティーブの5人で。待ってますよ。

Live at Montreaux 2003

Live at Montreaux 2003