金木犀の香り、そして英国の歌声

 土日で妻の実家に帰っていました。幸い天候に恵まれ、義弟の家族も来ていたのでドレミは大好きな従姉(小2)にも会えて、なかなかいい休日でした。義弟のところにはもう一人、もうじき1歳になる男の子もいるので、食事時などまあにぎやかにぎやか。大人ばかりだった数年前が想像できないほどです。
 ところで、先日の日記に「金木犀がまだ咲かない」ということを書きましたが、先週の土曜日、ついにあの香りがしはじめました。某SNSの日記に「香りがした!」という走り書きをしたんですが、どうも同時期にあちこちで咲き始めたらしくて、「こっちでもも香りがしたよ」というコメントが、全国あちこちから入りました。主に関東ですが。やっぱり猛暑の影響で遅かったんでしょうか?いずれにせよ、やっと季節が変わったという実感がわいてきました。今もこの部屋には金木犀の香りが鼻をくすぐります。
 前回の日記にマイク・オールドフィールドのことを書きました。そのときにマギー・ライリーの名前も一緒に書きました。1980年代に入ってから、それまでの「多重録音による大作主義」から大幅にポップ方面にシフト、スタイルもバンド形式に改めてからの、ボーカル担当の女性です(ひとつ注釈を入れると、この「ポップ」期においても実際はマルチ・レコーディングは行っていましたし、表面的な印象はともかく実際には音楽の本質は変わっていないというのが僕の主観です)。マイクの作品での彼女のボーカルは実に魅力的かつマイクの音楽にぴったりで、その声質、歌い方など、もともとのマイクの音楽が持っていたブリティッシュ・トラッド的テイストを大幅に引き立たせていて、もしかしてこの時期のマイクの音楽は、マギーのボーカル無しには成立しなかったんではないかと思えるほどです。この時期の代表作には、吉本ばななの初期作品にタイトルが使用された「Moonlight Shadow」がありますが、これを聴くだけで彼女の才能と持ち味がわかります。
 そのマギー、90年代に入るとソロ活動を始めて、僕も日本盤が出た最初の2枚は持っていますが、これがどうにも評価しづらいものでした。マギーはいつものとおり歌っているんですが、いかんせん曲の出来とバックのアレンジが、、、。ねらいはわかります。つまり「マイク・オールドフィールド風のポップス」なんですが(サラ・ブライトマンなんてそういう路線の成功例のひとつだと僕は思っています)、実際にはこれがマイクのものにはまったく追いついていない。だからマギーの歌も空回り。エコー多用でそれっぽく厚化粧した歌声がなんだかかわいそうになるほどでした。逆説的にマイクの音楽の奥深さがわかるというと意地悪すぎるかも知れませんが、大好きな人だっただけに残念なものでした。そのうちニュース自体も聴かれなくなってしまし、僕も時々「そういえば今はどうしているんだろうな?」と思う程度になっていました。
 「Rowan」は昨年(2006年)に発表されたマギーの(僕にとっては)久々のアルバム。今年になってライナーと帯のついた輸入盤が出回りだして、それを購入しました。ライナーを読むと、ここ数年はヨーロッパで活動していたそうで、何枚かアルバムも出していたようです。
 で、今回のアルバムですが、僕は購入してからほぼ毎日1回は聴くほど大好きな作品です。上に書いた初期のアルバムで僕が「うーん」と思っていた曲の出来とアレンジが、格段に向上しているからです。初期のアルバムが、マーケット的な成功を視野に入れていたような「中途半端に現代的・中途半端にマイク的」な意匠だったのに対して、今回の作品は、ぐっとトラッド方面に傾いたものになっています。これが結果的に大成功、マギーの声と歌に実にぴったりはまるものになっています。トラッドといっても、もろ「トラディショナル」なものではなく、ほどよくバンドアレンジも施していて、このさじ加減が絶妙です。ことさらに伝統臭さを放ってもいないけれど、変なサンプリング音もないという気持ちのいいもの。マギーの歌も、余計なエフェクトなし、自然な残響だけで聴く人の隅々にまで届くようです。久しぶりに聴く彼女の声はかつての魅力を全く失っておらず、その意味でもとてもうれしいです。サンディー・ディニーのカバーも素晴らしい出来映え、他も捨て曲一切なし、というかそういう計算からは遠く離れた良作です。どこか翳りと湿り気のある、僕たちブリティッシュ・ロックファンが愛する「トラッド」的美しさ。こういうアルバムこそ、僕がマギーのソロ活動に求めていたものだったと思えます。彼女にとって今回の作品がどういう位置づけなのかまでは不明ですが、僕としてはこれからもこういう作品で彼女の歌声を聴いていきたいなと思います。
 こうしてこれを書いていて部屋に流しているのはもちろん「Rowan」。僕以外はみんな眠っている家の中で、部屋の窓を全開にしていると、金木犀の香りで全身が包まれているようです。この雰囲気と香りの中でマギーの声を聴いていると、秋というのはなんて奥深いんだろうと思います。長い時間がかかったけれど、みんな実りの季節に至ったんだなあ。ありがとうマギー。これからもがんばってください。遠い日本からですが、応援していますよ。

ローワン (輸入盤 帯・ライナー付)

ローワン (輸入盤 帯・ライナー付)