アルバム評「Magic」ブルース・スプリングスティーン

 ビルボードのトップになったそうです。ブルース・スプリングスティーンのニューアルバム「Magic」。Eストリート・バンドとの久しぶりの競演も話題になり前評判も上々だった今作、僕も買ってきました。
 今回の作品については、国内盤帯にある「今、すべてを超えて『再び』感動のロックンロールを。」というコピーが、高い評判のある部分を代表していると思います。懐かしい仲間との再会も含めて「あのブルースが帰ってきた!」ということです。ピート・シーガーものの時も評価は高かったのに、やっぱりみんなこういうのを待っていたんですね。図らずもファンや評論筋の本音がわかるような騒ぎです。かくいう僕もここ数年の彼の作品で一番聴いたのはニューヨークでのライヴ盤でしたから大差ないです。ただ、もしも単に「リユニオンして昔の曲調でちょっとセンチな歌詞を歌い上げる」ものだったら、アーチストとしての評価・作品の評価という意味では厳しいことをいわないわけにはいかないなあ、どうなんだろう?という気持ちで聴き始めました。
 アルバムはいきなり急速調の「必要なのはリズムだ。こちらは『ラジオ・ノーウエア』、生きている者はいるか?」という歌で始まります。歌詞がわからなくてもファンなら大満足の良曲です。バックの演奏もタイトでヘヴィー、歌も力強いものですが、僕が最初に感じたのは曲の持つ「重さ」でした。その他の曲も、1曲残らず見事なアンサンブルと歌声、曲も最近のボスの作品の中では頭一つ抜けたようなキャッチーさで(しかも12曲50分弱という、集中して聴くには理想的な長さ)、ファンならば大満足できるといって差しつかえないでしょう。僕も良いと思います。
 でも、本当にこれは、評判のように「再び」というような「かつての魅力がリバイバルした」といっていい作品なんでしょうか?実を言うと僕はそうは思っていません。
 僕は今回の作品も、やっぱりボスは「前に向かっている」と思います。9.11以後の諸活動、ルーツ回帰ともとれるピート・シーガー期を経て、彼の表現の幅はまたさらに広がった・深まったという言うべきでしょうか。歌詞はボスらしい「ヘヴィーな状況を歌いながら、最後には希望の光を感じさせる」というもので、こうして言葉にしてしまうと「いわゆるスプリングスティーン」ですが、例えばかつての代表作のような「情熱的に饒舌」ではなく「伝えたいことを的確に詩にした」という趣です。歌詞はかつてのように、はっきりと「物語形式」をとったものは少なく、もっと詩的に完成されたものです。「Magic」の詩など、「かつての」彼には書けないものだったでしょう。「Your Own Worst Enemy」、「Last To Die」なども、感情移入しやすい登場人物など出さずに心に響くような優れたメッセージになっています。たぶん今作で最大の注目曲になるでしょう「Long Walk Home」も、以前だったらもっと沢山の人物が登場し、語り手である「僕」の気持ちも沢山の言葉を使って表現されていたでしょうが、そうした説明的な要素はなく、ただサビの「僕は故郷への長い道を歩いていく・僕を待っていなくていいよ」という2行で、聞き手に思いを伝えてきます、作り手が心に抱く悲しみも、希望も。繰り返しになりますが、今作についての、このような見事な詩は、70年代・80年代の彼にはなかったもので、僕の主観ですが「The Ghost Of Tom Jord」以後に生まれたセンスだと思います。「Born In The USA」の熱狂が去り、アーチストとして迷いのあった時期を経て、こうした境地に立ったと言えるわけで、ここでリバイバル的な解釈(だけ)をしてしまうことはまずいでしょう。かつて「Born In The USA」の愛国的側面にばかり注目して作品の評価を誤ってしまったようなことは、いくらなんでも繰り返してはまずいとおもいます。
 Eストリート・バンドの演奏は一聴それとわかるほど馴染みのあるものですが(演奏のキレがまったく衰えていないことは、どんなに褒めても褒めすぎはないです)、単に昔の音しか出せないからこうなった・意図的に懐かしいアレンジにしたということではなく、ちゃんと2007年にこの曲たちのために最適な演奏をしたという感じです。このバンドは、パブリックイメージの「ノリ一発!」的な印象とはうらはらに、実は緻密なアンサンブルが特徴ですが、今回はむしろその緻密さが際だっています。いや、むしろボスの作った歌が、そうした緻密さを求めたのかも知れません。もちろん、聴いていて自然に昂揚する、バンド本来の魅力は書くまでもなく健在ですが。
 こうして考えると、今作が見事な作品で、ファンが喜んでいるのは、単純な「再び」要素が理由ではないでしょう。彼らしく「過去」や「失われたもの」「自分の足元」にこだわりながらも、それを踏まえてさらに表現を深め、大きく一歩を前に踏み出した。そういうアルバム。僕は真面目に、今作が繋がるのは、「Born To Run」や「Born In The USA」ではなく「Nebraska」や「Tunnel Of Love」だと考えています。

マジック

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