レディオヘッドの「新譜」に思う

 レディオヘッドに駄作なし。
 いきなり決めつけで始まりましたが、本心です。僕が聴き出したのは「OK Computer」からですし、今でも全作品すべて聴いたわけではないですが(「Hail To The Thief」なんて、例のコピーコントロール騒ぎで買い損なってしまって、現在に至っています)、聴けばどれも見事な作品で大好きです。本人たちは言われれば嫌がるかもしれませんが、音のセンスがどこかプログレ的で、そういうところを取っかかりにして聴き出しました。被害者意識の強い詩の世界に、デジタルな感触とロックバンド的な肉体性を両方ちゃんと持った音作りは、聴けば聴くほど好きになる、豊かな音楽だと思っています。
 そのレディオヘッド、最近ちょっと変わった新譜を発表しました。すでによく知られていますが、今回の新譜「In Rainbows」、彼らの公式サイトからダウンロードという形でリリースされたんです(このサイトから申し込めます)。来月にはスペシャルボックスとでもいうべきパッケージも出ますが、基本的にはダウンロードオンリー。つまり、MP3形式が公式ということになります。僕も実際に購入してみました。若干サイトのデザインとナビゲートがイマイチでしたが、問題なくダウンロード完了、簡単にiTunesに読み込めました(iPodにも簡単に取り込めました)。内容はというと、エレクトロニックポップ的なセンスと生身のバンド的センスがバランス良く配置された全10曲40分強。曲の出来も良く、演奏も充実していていい作品です。ダウンロードのみ販売というのでスタジオ実験作みたいなものかとも思ったんですが、このままオリジナルアルバムとして出しても問題なしです。彼らの作品の中では比較的伸び伸びした印象ですね。歌詞がわからないこと、ジャケットなどが存在しないために、確たることまでは不明ですが。
 で、このダウンロード、これまた有名な話しですが、定価がなく、自分で勝手に価格をつけていいという不思議な販売方法です。クレジットカード決済ですが、自分で数字を入れて購入するというやり方で、バンド側の発表では平均4ポンド(900円くらいかな?)で購入されているとのこと。ちなみに僕は5ポンドで購入しました。噂では120万回ダウンロードされたという数字もあるので、相当な収入になったみたいです。バンドには。
 実は現在レディオヘッドはレコード会社との契約が切れていて、「In Rainbows」も、制作から販売まですべてバンドが行っているのです。つまり、今回の収入は、誰にも「搾取」されることなく、すべてバンドに入ってくるということらしいのです。原盤制作や小売店の利潤、流通のコストまで上乗せされて決まっているパッケージCDの価格の中では、アーチストの取り分は相対的に非常に低くなっていますが、今回のようなやりかたなら、制作費はともかく、「売り上げ」はほぼイコールバンドの取り分になります。これならファンの「希望価格(?)」で売ってもペイしそうです。これって、画期的なことじゃないのかな?
 しばらく前にプリンスが、新譜を新聞の「付録」にして無料配布してしまい物議を醸したことがありましたが、こうした動きがプロの音楽家にとって、レコード会社が絶対に必要な存在ではないという時代の幕開けになるのかも知れませんね。プリンスにしろレディオヘッドにせよ、レコード会社との様々なトラブルは昔からあったようですし(殿下は頬に「Slave」なんて書いてましたよね。あんなにわがままなくせに)、様々なプレッシャーに負けて中途半端な作品を出さざるを得なかったり、反対に売り上げが伸びなかったため才能があるのにレコードを出す道を閉ざされたりという話しは山ほどある業界ですから、なにかのきっかけで、そうした動きが多数派になる可能性もありだと言えるでしょう。
 それに、音楽の聴き方が、大きなシステムを使って大音量で聴くというスタイルから、ミニコンポなどで聴く、あるいは携帯プレーヤーで聴くという時代になったことも大きいと思います。レディオヘッドなどは、その音楽の性質上、リファレンスとなるべき「原音」がなく(生楽器も様々なエフェクトで加工してある)、そういう音楽では、圧縮ファイルを聴くことに「サブセット音源を聴いている」という印象が薄いということも、こうした動きに追い風となっているんではないかな?まさにiPod時代の音楽の聴き方・流通の仕方ですね。
 僕など、「In Rainbows」を聴いていてふと「ジャケットないのは寂しいなあ」と思ってしまい、iPodで表示するためにバンドの写真を貼り付けているような人間ですから、パッケージがあればそちらがありがたいし、モノとしての魅力、それを作り、世界中に流通させる産業的ノウハウは侮れないと思っているんですが、でも一方、風はそっちに吹いているという直感もあります。
 願わくば、こうした流れがアーチストにとっての真の自由に繋がり、素晴らしい作品が多くの人に届く方に行ってほしいと思います。

Airbag / How Am I Driving (Dig)

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