2枚の美しいカヴァー・アルバム

 今日のお題は最近聴いた2枚のアルバムです。共通点は2つ。ベテラン女性シンガーの最近作ということ、それぞれ特定アーチストのカヴァー集であるということです。
 マリア・マルダーの「Heart Of Mine」はボブ・ディランの作品ばかりを歌ったアルバム(発表は2006年)。ボブ・ディランの作品といってもものすごい数があるし、有名な曲だけ考えても相当な数ですが、今回マリアが選んだのは知名度や曲の(評論家的)評価ではなく、彼女自身が歌いたいと思ったものをピックアップしたようです。そのせいか数曲のそうした曲を除くと、全体には「あまり知られていない」曲が多いです。最近(今世紀に入ってから)の曲もあり、ディランといえば「欲望」あたりまでしかフォローしない人が多いなか、大いに評価したいところです。
 肝心の演奏はといえば、最近の彼女の活動に即した、カントリー、ブルースなどの「オールドタイミーな」音楽に乗せて、気持ちよさそうなボーカルが聴ける、とても気持ちよく聴けるものになっています。メロディを大幅に崩したものはないですが、バックの演奏がもろにアコースティック・スィングなものなので、一瞬ディランの曲とは思えないものもあります。「MoonLight」なんて、マリアのものを聴いた後慌ててオリジナルを聴き直してしまいました。するとやっぱり、ディランも同じメロディを歌っているんですよね。独特の歌い方と声にごまされてしまって名曲に聴こえなかった(笑)のが、マリアのような素晴らしい歌手によってその美しさが露わになった感じです。よく言われることですが、「ディランの曲は本人よりもカヴァーの方が良さがわかりやすい」です。
 マリアの声は、年齢を重ねたことで奥深さを増したようで、もともとの歌唱力もあってとても聴き応えがあります。上に書いたように最近の彼女はずっとブルース、フォーク、ジャズといった「アメリカの根っこ」といえる音楽をやっていましたが、そこで培った技術や音楽への理解が、今回役に立っているようです。選曲は一見ばらばらですが、「アメリカの音楽的ルーツ」という視座から評価したディラン作品だと考えると非常に納得いくものです。この作品を聴いて、僕は改めてディランの曲に息づく「アメリカ的なもの、ブルース的なもの」に気づきました。
 ジュディ・コリンズの「Judy Collins Sings Lennon & McCartney」は、タイトルそのまんま(笑)のアルバムです(こちらは2007年の作品)。「Blackbird」「Penny Lane」「Good Day Sunshine」など全12曲。大げさな盛り上がりのない抑制の効いたアレンジと演奏(こちらもアコースティックな雰囲気ですが、マリアのような特定のスタイルに依拠した感じではない、しっとりしたバンドアレンジという感じです)で、ジュディの歌声を引き立たせています。「Yesterday」や「Hey Jude」「Long And Winding Road」も収録されていますが、どれもどこか苦みを持ったアレンジで、オリジナルに一脈通じるセンスが作品を一段と引き締めています(甘いだけのビートルズ・カヴァーなんて聴きたくないですよね)。
 「お!?」と思ったことですが、男性歌手がオリジナルの曲を女性が歌う場合、人称代名詞を変えることがけっこうありますが(「And I love Her」を「..Him」にするとか)、ここでのジュディは基本的にそれはせず、オリジナルどおり歌ってます。これは僕個人としてはうれしいです(けっこう違和感あるんですよあの変更。英語圏の人たちは気にならないのかも知れませんが)。でも「When I'm Sixty-four」の最後の「64歳になっても♪」という歌詞は「84歳になっても」と歌っていて、そっちは思わずニヤッとしてしまいました。個人的には「I’ll Follow The Sun」や「Blackbird」の収録がうれしかったです。
 ジュディの声は、以前と変わっていません。本当に。厳密に言えば年齢的なものもあるのかも知れませんが、逆に実年齢を考えたらまったく変化なし、むしろ(マリアと違った意味で)深みを増したといっていいと思います。僕は今日、このアルバムをiPodに入れて聴いていたんですが、アルバムが終了して、続いて入れていた「Turn Turn Turn!」が始まったときに、彼女の声がまったく変わっていないのに気づいて驚きました。
 マリアの声が「年齢を重ねることで増す人生の重み」を感じさせるものだとしたら、ジュディの声は「どれだけ年月がたっても変わらない芸術の価値」を感じさせるものです。いや、実際にはどの両方を、両人の歌声から感じると言った方が正しいかも知れません。ウエイトが違うだけで。両方の作品に感じたのは、取り上げた作品のオリジナルアーチストに対する尊敬や愛情は当然として、それを単なる「捧げもの」に終わらせずに、ちゃんと自分の芸術に昇華している2人のアーチストとしての力量と前向きさです。
 最後にちょっとだけ余談。ジュディのアルバムですが、ジャケット、もう少しどうにかならなかったのかなあ(笑)?写真に写った彼女の顔がおかしいといっているわけではないですよ。せっかくの作品なんだから、もう少し明るいムードで作って欲しかったなあ。
 もうひとつ余談。マリア、来日するらしいです。僕の地元でもライヴがあるそうです。行こうかなあ?

ハート・オブ・マイン~ラヴ・ソングス・オブ・ボブ・ディラン

ハート・オブ・マイン~ラヴ・ソングス・オブ・ボブ・ディラン

  • アーティスト: マリア・マルダー,デヴィッド・トカノフスキー,ハッチ・ハッチンソン,トニー・ブラナゲル,クランストン・クレメンツ,ジョエル・ジャフィ,土屋陽輔,リチャード・グリーン,スージー・トンプソン,ダニー・キャロン,クリス・ハウゲン
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2006/08/16
  • メディア: CD
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Judy Collins Sings Lennon & Mccartney

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