優れたポップアルバム(なのに苦言を呈してますw)

 2週間ほど前に家族で買い物に行ったとき、偶然つけたカーラジオ(FM)から、聴いたことのない曲が流れてきました。ピアノを中心としたアレンジの曲で、きれいなメロディと聴きやすいアレンジですが、よく聴くと非常に凝った感じです。70年代のビーチボーイズのような感じ。でも聴きおぼえはありません。誰なんだろうと思っていたら曲が終わり、DJが曲名を教えてくれました。「Love’s Never Half As Good」。そして僕は翌日すぐにCDショップに走って1枚のCDを買いました。ロジャー・ジョセフ・マニング・Jr のニューアルバム「Catnip Dynamite」。
 ジェリーフィッシュは今では大変高い評価をされていますが、その短い現役時代は、必ずしもバンドの才能に相応しい評価はされていませんでした。その音楽が浸透する前に解散してしまい、僕のようなファンはガッカリしたものです。解散と同時に評価が上がり、一種カルト人気を誇るようになったのには、皮肉なものを感じるというより、「そんなに好きなら現役のころから評価しろよ」という気分でした。そしてその中心人物のロジャーのこれまでの仕事も、もちろん賞賛すべきものでしたが、なんというか「こんなものじゃないはずだ」という気持ちの方が強かったのも事実でした。
 そして今度のアルバム。これは「名作」といっていい作品だと思います。とにかく全編ポップできらびやか。曲の出来が素晴らしくて、アレンジも非常に綿密で、聴きやすいものであると同時にマニアにもアピールするような奥深さというか「業」というか(笑)、そういうものも感じます。根底にあるのは、あのビーチ・ボーイズ(つまり、ブライアン・ウィルソン)の音楽だと直感できるような、ベテランのポップスファンならピンと来る「あの系譜」に繋がる音楽。そういうアルバムでした。とにかく聴いていると、過去40年間のポップの歴史を総覧しているような気持ちになります。ものすごい満足感がありますし、ロジャーの才能の大きさも真剣さもわかります。この感想は本当です。
 本当ですが、そしてここからがこの稿の本題ですが、この「ポップの歴史を総覧」という部分に、僕は2通りの感想を持ってしまいます。肯定的な部分は上に書きました。で、もうひとつの感想なんですが、「伝統に依拠しすぎ」というふうに思ってしまうんです。
 「伝統に依拠」なんて知ったかぶりの修辞でなく、平たく言ってしまうと、「元ネタがちょっとわかりやすすぎでないかい?」ということです。聴いているとわかるんですよ。ここではいちいち例を挙げないですが「このコーラス、10cc?」「この雰囲気はビーチ・ボーイズだろう」「このリズム処理、トッド・ラングレンだね」「おいおい、フーからアイデアいただくなら、もう少しアレンジしろよ」とか、簡単にわかってしまいます。具体的に曲名までわかるものもあります。そこまでいかなくても、どのあたりの時代のどのへんのムーブメントをお手本にしたのかがわかるものも多いです。曲そのものは「元ネタ」とは似ていないので、アレンジやプロデュースの段階で盛り込んだものだと考えられます。こういうものは「あったらけしからんパクリだ・ゼロなら最高」というものではないですが、このアルバムの場合ちょっと目立ちすぎていて、芸術用語でいうところの「引用」「パロディ」にまで届いておらず、単に「似せた」という印象を持ってしまいます。
 もちろんロジャー本人に「パクっておいしい思いをしよう」という意識がないことはよく理解しています。ただ、これだけソースがよくわかってしまい、しかもそれがアルバムのそこかしこに偏在するということになると、やっぱりその部分は差し引いて評価せざるを得ないです。素晴らしい才能の持ち主であり、このアルバムも優れた作品であることは評価しますし、事実聴けば満足できるものですが、この部分がこれからの課題だと思います。音楽そのものから感じる「業」(ジャケットも実にそういう感じ)には、僕はとても惹かれますので、どうかこれからも精進してほしいとおもいます。
 そしてもうひとつ僕からのお願い。こういう「優れたポップ・ミュージシャン」は、どういうわけかみんな寡作になってしまったり、メジャーな活動を止めてしまったりして、せっかくの優れた才能が「マニア向け」になってしまう傾向が強いです。ロジャーにはどうか、そういう「心地よいマニア向け理想郷」みたいな境地ではなく、生きた市場で活躍して欲しいと思います。次回作、できたら来年の今頃には聴きたいな。それくらいのペースでがんばってください。このアルバムでも随所に顔を出すビートルズのハードワーカーぶりを見習って(笑)、お願いしますね。ニューアルバム、今から待ってます。

キャットニップ・ダイナマイト

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