スティーヴ・ウィンウッドの隠れた名盤

 スティーヴ・ウィンウッドのニューアルバム、国内盤が店頭に並びましたね。まだ買っていないので感想は書けないですが、いずれ買うつもりなので楽しみです。今回は事前の評価も高く、ジャケットもいい笑顔で期待できそうです。国内盤は紙ジャケでDVDもついているので、そっちも楽しみです。そうそう、このアルバムの発売が近くなってきたので、最近折に触れてスティーヴの過去の作品をちょこちょこ聴いています。それこそスペンサー・デイヴィスからトラフィック、(僕が大好きな)ブラインド・フェイス、ソロまで雑多なセレクトで。この人の場合、基本的に駄作は少ない(ないといって良いかも)のでどれも楽しんで聴けます。再近作「About Time」なんて、スタジオライヴ?というような自由な雰囲気の中で、彼のボーカルどころかオルガンまで堪能できるというすごいアルバムです。この時代に、あれだけのキャリアをもった人がこういう作品を作って「後ろ向き」にならないなんて信じられないです。
 ところで、僕が彼の音楽を聴きたいなと思うとき、必ず聴くものがあります。それは彼の正式なキャリアの中にあるものではなく、他のアーチストとのコラボレーション作品です。タイトルは「Go」と「Go Live From Paris」。
 これをお読みのみなさん、ツトム・ヤマシタという人をご存じですか?今ではすっかり一線級の活動から身を引き、サヌカイトによる音楽などを演奏している人ですが、かつて(40年くらい前)は「世界で一番有名な日本人」と言っていいほどの知名度と評価を誇った現代音楽のパーカッショニストです。かの小澤征爾と競演したこともあり、たくさんのレコードもありました(CD化されたものもあり、僕もいくつか所有しています)。70年代に入ってジャズ〜ロック畑の人達と競演するようになったツトムが1976年に発表したアルバムが「Go」です(「Go Live」は同時期にパリで行われたコンサートの実況録音盤)。このアルバムでスティーヴはボーカルとキーボードを担当しています。アルバムのメンツはそうそうたるもので、ツトムとスティーヴの他に、マイケル・シュリーヴ(サンタナ)アル・ディメオラ、クラウス・シュルツタンジェリン・ドリーム創始者)などが参加し、まか不思議な世界を創り上げています。
 アルバムのコンセプト(非常に抽象的なストーリーあり)はツトムのものらしいですが、音楽全体はメンバーそれぞれの出自がわかるようなものが多い、というか、ちゃんとしたバンドのように全員が解け合っている部分もあれば、それぞれメンバーの持ち味がそのまんま出ている部分もあり、という感じ。全体的には当時のプログレっぽいムードで(発売当時の評価もそのあたりのファンが中心だったはず。僕もその文脈で知った人間の一人です)すが、途中、もろラテンロックというかもろにサンタナっぽい感じになるところもあって、そこではアルも生き生きとギターを弾いています。プログレっぽいところをヨーロッパ的と言い換えることも可能で、そちらのセンスはツトムとクラウスが中心のようですが、ラテン的になるところは間違いなくマイケルが中心という感じで、意外なところでサンタナの偉大さが確認できます(特にライヴの方の「Man Of Leo」はアルのギターも素晴らしい鳴りで、クロスオーバー好きな人は必聴です)。
 で、このアルバムでのスティーヴですが、何曲かあるボーカルナンバーで、実に素晴らしい歌声を披露しています。もろプログレという感じの「Nature」「Crossing The Line」はもちろん、アップテンポの「Ghost Machine」もバックの演奏に負けないパワー、そして名曲「Winner/Loser」(これは作詞とギターもスティーヴ)は、ポップといっていい魅力的な曲を気持ちよさそうに歌っています。このアルバム、世間的にはツトム・ヤマシタのプロジェクトということになっていますが、ジャケットを見るとカバーに大きくツトム、スティーヴ、マイケルの名前が(同じ大きさで)書かれており、バックカバーにもこの3人が写った写真がありますので、事実上3人による(本当の意味での)共同制作なんだと思います。なにしろスティーヴのボーカルは伸び伸びしていて、ファンとしては嬉しくなってくるようなものです。
 この作品に参加していた時期、トラフィックは解散し、初のソロアルバムでシーンに復帰する前の期間にあたります。スティーヴ自身、自分の活動をどのようにしようか考えていた時期に違いないと思います。そうした思いで聴くとき、この魅力的な歌声は、自身の今後にある種の「確証」をもたらすものだったのかも知れないと感じます。事実、これ以後の彼は、もう迷いを感じさせることなく、マイペースな活動を続け、そこからビッグヒットも高い評価も得られるようになりました。僕はブラインド・フェイスで彼を知った直後これを知り、そこからスティーヴを聴き出しましたが、ここで感じた予感は、その後ずっと裏切られることなく今日まで来ています。
 今部屋には、もちろんこのアルバムは流れています。少し湿気を帯びた夜の空気に、少しフロイドに似た音楽は実にぴったりですが、スティーヴが歌い、マイケルがパーカッションで主役をとるパートでは、突然風が吹くようです。このアルバム、以前はずっと廃盤で、スティーヴのボックスセットに数曲(もちろん彼のボーカル曲)が収録されているだけでしたが、何年か前に紙ジャケ再発されて、ついでに外国でも再発され、比較的容易に入手できるようになっています。聴いたことがないというスティーヴのファンの方は、機会があったらぜひ一度聴いてみてください。素通りするには惜しい、美しい音楽・歌声です。

ゴー(紙ジャケット仕様)

ゴー(紙ジャケット仕様)