新譜評 コールドプレイ「美しき生命」

 コールドプレイの新作「Viva La Vida Or Death And All His Friends」が出ました(邦題は「美しき生命」)。「X&Y」以来ですから3年ぶりのニューアルバムですね。新曲はiPodのCMにも使われているので耳にした方も多いと思います。
 僕はコールドプレイというと、好きなバンドではありますが「あまりにも完成度が高すぎて近づきがたい」という印象があり、今までこのブログでも取り上げてきませんでした。とにかく隙がないんですよ。それに、演奏にしても歌詞にしてもあまり「時代とのコミット感」が薄く、そのへんからも言葉にしにくいバンドでした。歌詞を読んでも「ものすごく詩的」ということと切実さは読み取れるんですが、あんまり「地球温暖化」とか「ブッシュ政権に対して云々」とか「9.11以後の世界に生きる僕たちがどうとか」という言及はなくて、一種の寓話のようなものが多いです。それが緻密なアレンジと演奏、切迫感を持ったボーカルで押し寄せてくるものですから、圧倒されてしまうんですね。聴いていると非常にプログレっぽいというか音の密度が高く、ストーリー性も高く(実際の歌詞にはそれほど物語的な部分はないですが)そのへんを「鑑賞」しているという感じでした。
 今回の新譜、完成度は前作までと変わらず、というよりもさらに高まったようです。実に綿密。ですが不思議に「煮詰まった」感じはしません。気がついたのは音の存在感が増したところ。抽象的な言い方ですが、楽器の音ひとつひとつが不思議なリアリティを持って鳴っています。そしてリズムの多様化。今までもいろいろな曲調の演奏をしていた彼らですが、このアルバムではリズムが様々な表情を見せ、それが全体の質を一段上に上げています。もしやと思ってクレジットを見たら、プロデューサーはイーノでした。なるほど、そういうことか。本当にこの人はすごい。バンドの音や方向性を(バンドの)望まない方向へ無理強いするようなことを一切せず、正しく「行くべき道」を示すことができる素晴らしいプロデューサーですね(僕は常々、ポール・マッカートニーのプロデュースをイーノがやったらどんなものができるのか聴きたいと思っています)。
 楽曲は粒ぞろい。歌い上げる重厚なメロディあり、ポップな歌曲あり。いつもそうだと言えば言えますが、今回はギターサウンドやリズム処理、それに隠し味的な楽器の使用が効いていて、より大きな満足感が得られます。試しにiPodに入れてシャッフル再生してみたんですが、アルバムの流れを無視した再生でも楽曲単位の質が高いので、ちゃんと楽しめます。実際にアルバムはきっちりとした流れがあり、特に最終曲はそのまま1曲目に繋がっていくというスタイル(フロイドの「The Wall」とかもそうでしたね。プログレ的といえるかも。ちなみに日本盤は最終曲の次にボートラが収録されていて、そのへんちょっと残念です)で、シャッフル再生はバンドの意図を無視したやりかたなんですが、楽曲の質の高さがそうした「無茶」も可能にしています。
 まだ歌詞をすべて読み込んだわけではないですが、全体的には(前述のように)ひとつのストーリーを構成しているというよりも、もう少し楽曲単位で独立しているようです。ただ、テーマのようなものはある感じで、今この段階での僕の主観では、「大切なものの喪失と、それを乗り越えようという意志」というようなイメージを持ちました。「Losingであってもlostじゃない」「神だけが僕の努力をご存じだ/でももうこの孤独に耐えられない」「長く暗い12月/銀行が聖堂に、狐が神になった」「君がいなくなってから正直な言葉はどこにもない/それが世界の支配者だった頃の僕の日々だった」など、ある種の「対比」を鍵に、今あるところから次の(よりよい)ステージへ至ろうとする意志。アルバムの最終曲「Death And All His Friends」では「闘いに始終するなんてたくさんだ/リサイクルされた復讐を繰り返すなんていやだ/死とその仲間達の後をついて行くなんていやだ」と歌っています。曲調が重く甘く、歌詞も詩的な響きを持っているものが多いので、多分にメランコリックですが、非常に正統ロック的なものだと思います。
 ジャケットはドラクロアの有名な絵にまるで落書きをしたような(というよりも文字通り民衆が決意を表明したような)もので、バンドの気持ちにぶれがないことを表明しているんだと思います。今回のアルバム、質は高く曲もいいので売れるでしょう。でも客観的な予測ではなく、僕は売れて欲しいと思います。コールドプレイは新作で新たな一歩を踏み出した。それが評価されて、彼らの意志が報われてほしいと思います。

追記:前作「X&Y」は、新譜として国内盤が出たとき、CCCDでした。それは買わず、輸入盤を買った記憶があります(3年前にこんな日記書いていました)。今回はもちろん通常CD。しかも今回期間限定で旧譜が再発されていますが、その中「X&Y」は通常CDでした。本当にうれしいです。

美しき生命 【初回限定盤】

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