不安を音楽に昇華する人達

 ケミカル・ブラザーズのベスト盤が出ましたね。ケミカルのベストは数年前にも出ていましたが、CCCDだったので購入を見送った人も多かったでしょうし(僕もその1人、ケミカルはオリジナルにもコピーコントロール盤がありました)今回は通常ディスクだし、限定の初回盤にはアナログで出ていたトラックが収録されたディスクもついていて、ファンは見逃せません。
 今から10年以上前ですが、一時テクノに興味を持っていた時期がありました。そんなにCDを買いあさったわけではないですが、あの延々と続くビートに、なんだかポピュラーミュージックの未来を見たような気がして注目していました。当時会ったテクノ専門誌も読んでみました。そのうち興味を失うというか、聴きどころを掴めないまま離れてしまったんですが、テクノの持っている一種暴力的なテイストは、のめりこまないですが惹かれるものがあります。
 で、その後僕はプロディジーやファット・ボーイ・スリム、アンダーワールド、そしてケミカルなどを聴くようになりました。僕個人の感想ですが、今挙げたアーチストはテクノ〜DJフィールドのアーチストとしては格段にロック的であって、僕のような人間には聴きやすいものでした。最初のころはわかりやすくロック的なプロディジーにハマり、その後もっとDJ的なファット・ボーイ・スリムに向かったんですが、今はほぼケミカルがナンバー1です。
 ケミカルの魅力はなにか、なににそんなに惹かれるのかといいますと、聴いていると感じる、言いようのない「不安感」に魅力を感じるのです。変な言い方ですが、本当です。
 ケミカルの音楽自体は変に怪奇的なものではなく、むしろポップなものが多いですが、聴いていると、じわじわとなんだか変な気分になってきます。どこが、なぜ、とはわからないんですが、だんだん気持ちが落ち着かなくなってくるんです。
 彼らの曲に「Believe」というものがあります(今回のベストにも入っています)。この曲にはPVがあるんですが、これが僕にとってのケミカルを象徴しています。YouTubeでも観られるので興味のある方はご覧になってください。内容はというと、ある男性(工場勤め)が変なものを観るようになる。最初は単なる幻覚だと思ってカウンセリングなどを受けているんですが、それがそのうちいつも周りにいて、しかも自分を襲ってくるようになる、というもの。さすがに後半、「変なもの」がウヨウヨ出てくると「CGだね」と冷静に観られますが、前半、日常の風景にチラッと出てくるときの得も言われぬ「違和感」は、わかりやすく衝撃的なものが映っているのではないぶん不気味で、なんだか精神のバランスを崩してしまいそうな気分になってきます(川岸を歩いていて、向こう側に「それ」がいるのを発見するシーンなんか、本当ににゾクゾクきます)。
 そのほかのPVも、ことさら気持ちの悪いものが映っているわけでもショッキングな映像があるわけではないんですが、観ていると不安になってくるような演出です。それは音楽だけでも感じるもので、長く聴いているとどうしようもない「不安感」を感じます。つい先日、外出した妻を迎えに行くのにクルマで出たとき、カーステでケミカルをかけたんですが、運転しながらどんどん落ち着かなくなってきてしまいました(ちなみに妻を乗せた後はビートルズの赤盤かけました)。じゃあ聴かなきゃいいじゃないかとも思いますが、でも聴いちゃうんですよ。なんというか、自分の中のなにかが求めてしまうんですよね、こういうセンスを。
 世の中にはいろいろな音楽があります。喜びを表したものも、悲しみを表したものも、怒りや楽しい気持ちを表したものもありますが、ケミカルの音楽は、不安を「芸術」にまで昇華したものではないかと、僕は思っています。
 今これを打っている部屋には、もちろんケミカルが流れています。家族はみんな寝てしまって、僕一人の部屋に流れるケミカル。忍び寄ってくるような不気味な感じ。でもなぜか、この感じがある種の快感でもあります。普通の意味での「楽しみ」ではないですが、これもまたひとつの「音楽との接し方」なのかも知れません。