書評「ミック・ジャガーは60歳で何を歌ったか」

 先日本を1冊購入しました。幻冬舎新書ミック・ジャガーは60歳で何を歌ったか」(中山康樹著)です。著者は音楽論壇では著名な人なのでご存じの方は多いと思います。帯には「14人の老ロッカーの姿を見よ!輝ける『いま現在』のロックを聴け!」というコピーが載っています。
 さて、僕はこの本をある予断を持って手に取りました。予断の根拠は2つ。ひとつは今まで読んだ中山氏の著書や文章に、どうも馴染めないものがあったからです。ビートルズもの、ディランもの、そしてマイルスものなど、ちょこちょこ読んではいたんですが、どの著作も断定的な筆致で独特の論が展開されており、(それなりに説得力は認めますし、勉強にもなりますが)ちょっとついていけないと感じていたんです。多くの含蓄を含んでいるとは思いますが、特にロックを聴きだして間もない若い人達には別の影響が出てしまうのではないかと変な危惧までしていました。
 もうひとつの予断は直接中山氏に関連することではないんですが、最近よく見かける「大人のロック」的視座からの批評本だったらいやだなあという思いです。これは特に、萩原健太氏の最近の文章などに顕著な論調で「ロックに新たな音楽的革新や新しさなどを求めるのはもう古い。先人達の伝統を重んじ、ただ『いい音楽』を楽しむのがいい聴き方だ」とでも要約出来るような考え方です。この方向で論を展開する人はけっこう多く、要するに「ロックにはもう発展性などない」ということを遠回しに語っているもので、僕は積極的に嫌っている考え方です。この本のタイトル、そして「老ロッカー」などという帯の文句を読むにつけ、なんとなくベテランミュージシャンを持ち上げ、返す刀で最近のロックについて失礼な物言いをしている本のような気がしたのです。
 で、ともかく手にとってパラパラと少しだけ読んでみて、ちょっとこれは僕の想像とは違うぞと思い、購入に至ったわけです。読み終わっての感想は、「読む価値はあった、面白かった」です。
 取り上げられているアーチストにはポール・マッカートニーローリング・ストーンズ、ジョン・フォガティ(CCR)、ブライアン・ウィルソンボブ・ディランエルトン・ジョンといった僕にとっては馴染みの深い人もいれば、ディオン、リー・ヘイズルウッド、エリック・バードン(アニマルズ)といった、あまり知らない人もいました。基本的にはそれぞれのアーチストについて、著者がどのように聴き始めたかが語られ、アーチストのバイオがあり(ポールなどはさすがに省略していますが)、そしてここからが肝心なんですが、それぞれのアーチストの最近の活動紹介とその意味するところを書いています。この「最近の活動」は基本的にはアルバムや楽曲を取り上げ、それが当該アーチストにとって、そしてロックシーンにおいてどのような意味を持っているのかを綴っています。ここで中山氏は、安直なノスタルジーや変な選民思想に陥ることなく、彼らひとりひとりが「現役」であることを、とてもわかりやすく説いています。個人的には若干引っかかる部分がないわけでもないですが(笑)、それでも僕が今まで知っていた中山氏の著書などとは比べものにならないほど愛情深く、かつ理論的に書かれています。
 ポールの章では、最近の作品(「Chaos And Creation In The Backyard」)を例に「いまなお前進し、”年老いたロック”という裏庭(バックヤード)から誰よりも早く、しかも誰も追いつくことができないほどの想像力を発揮して脱出した」と書き、アルバム1枚を挟んであのファイアーマンでの充実ぶりを「この66歳のヴェテランは、ビートルズ時代に十分に与えたにもかかわらず、さらに多くのものを分かち与えようとしている。」と結んでいます(shiropの注:引用文中の「多くのもの」はその前段に書かれた音楽のクオリティ、エネルギー、創造力を指しています)。そのほかのアーチストについても、「現役ミュージシャン」としての批評を貫徹し、彼らの音楽を聴くことはまさしく「現在の音楽」を聴くことに他ならないことをわかりやすく書いてくれています。ベテランミュージシャンを評価する本はたくさんありますが、こうした立場から書かれたものは珍しく、主観的には画期的なことだと思います。
 お恥ずかしい話しですが、僕はこの本を読むまでリー・ヘイズルウッドやディオンなどはほとんど知らなかったし、シルヴィ・ヴァルタンなどはまったく懐メロシンガーだと認識していました。この本を読むことで、僕はこうしたアーチストについて新たな興味が湧いてきました。特にディオンの最近の活動についての文章は本当に勉強になりました。この本を貫く信念はつまるところ、ロック(もっと広い意味で、20世紀後半のポップスといってもいいでしょう)は今も前へ進んでいるということであり、その流れにあっては、本書で取り上げられているような、ふだん僕たちがそういう「前進」とは無縁だと思いがちな「ヴェテラン」もまた大きく関与しているのだということだと思います。今まで中山氏を「なんか偉そうだな」なんて思っていましたが、懺悔します。とてもいい本でした。
 追記:文中で萩原健太氏について言及しましたが、個人的には評価している人です。買ってきたCDのライナーが萩原氏だとちょっと嬉しいです。ただ、氏の最近の論調には違和感を憶えるというのも正直なところなので、この日記にも書かせてもらいました。
 もうひとつ追記:中山氏にはこの調子で、ぜひザ・フーウォーレン・ジヴォンについて書いていただきたいと思います。どちらのアーチストについても本書で簡単に言及されていますが、まとまった文章を読んでみたいです。