涙がこぼれないように

 最近ドレミがよく「う〜え〜をむういて、あ〜るこぉぉぉ〜♪」と歌っています。そう、あの名曲「上を向いて歩こう」(の、うろ覚えバージョンw)です。僕が歌ってあげたこともありましたが、ちゃんと歌詞も覚えているようなので「どこで聴いたの?」と訊きますと、「クインテット」という答えが返ってきました。ああそうか。NHK教育テレビでやっている番組でこの曲を演奏しているのは一緒に観た記憶がありますから、そこからだったんですね。でもたぶん2、3回しか観ていないはずなのに、よく覚えられるよ。ほんと、子供の記憶力ってすごいや。うらやましい(笑)。
 「上を向いて歩こう」は今や押しも押されもしない昭和の名曲で、ヒットした当時の「高度経済成長」期のテーマソングのように扱われることが多いですが、実際に歌詞をよく読むと、実は「夢が破れた」瞬間を歌ったものなんですよね。決してありがちな上昇志向ではない、その前提に「絶望」があって、だからこそ前に進んでいこうという意志。簡潔な言葉のセンスも含めて、作詞の永六輔氏の洞察力はさすがだと思います。
 僕は坂本九のオリジナルバージョンも(CDで)持っていますが、世界的に有名な曲なので、時々海外のアーチストにも取り上げられていますね。ギタリストのトミー・エマニュエルがライヴアルバム「Center Stage」でもソロギターのインストで演奏していました(エンディングに中国風のジングルが入るのはご愛敬かな)。ピアニストの上原ひろみも「Beyond Standard」で取り上げていました。このアルバムではタイトルが「Ue Wo Muite Aruko」と表記されていましたね(前述のトミーのアルバムでは当然ですが「Sukiyaki」)。正直に書いちゃいますと、演奏自体にはあまり感心しなかったんですが(悪くはないけど、この路線でスタンダードというのはちょっとなあ、という感じ)、このタイトルクレジットには感心しました。このアルバム発表後のあるインタビューで彼女は「アメリカでインタビューされるときには『この曲がスキヤキと呼ばれているのが残念です。とても素晴らしい詞がついているんですよ』と答えています」と語っていて、そこには僕も大いに感動しました。前述のように、今の演奏自体には感心も感動もしなかった僕ですが、ちゃんと歌詞を読み、その意味を含めて曲を愛することの出来る彼女なら数年後にきっと、もっと素晴らしい演奏を聴かせてくれるミュージシャンになると思います。
 ところでこの曲、もうひとつ、忘れてはいけないバージョンがありますね。そのバンドのライヴ・アルバムでは「日本の有名なロックンロール」と紹介されていました。そのバンドのこと、歌った人のことを考えながら、この1週間過ごしてきました。テレビや新聞でもたくさん報道されていましたね。今も悲しい気持ちは変わりませんが、それでも少しずつ落ち着いて来ています。40年以上前に作られた歌を3歳の子どもが歌うように、あの人の歌声も、いつまでも消えずにここにいてくれるんだと思います。
 今日は仕事が休みで、久しぶりにCD屋に行き、グリーン・デイやランブリング・ジャック・エリオットの新譜やちょっと変わったビートルズのトリビュートアルバム、旧譜ですがシュギー・オーティスやラッシュを買ってきました。音楽はまた世界に満ちて、僕たちを豊かにしてくれます。すべての演奏家に、すべての歌手に、そしてあの人に、心から感謝します。