ボーカル交代を巡るよもやま話(イエスの「Drama」)

 前回の日記に書いた「スティーヴン・タイラーエアロスミス脱退?」というニュースは、あっさり正反対の報道がありました。ニューヨークでのジョー・ペリーのコンサートにスティーヴンが飛び入りし、「Walk This Way」を演奏したあと、「俺は抜けていない!」とMCしたんだそう。でも依然としてバンドは新ボーカリストを募集しているんだそうで、ジョーの発言では「スティーヴンは2年ほどソロをやりたいと言っているんだけど、あとのメンバーは絶好調だから、バンド活動を続けたい」んだそう。いい歳してそれくらいのスケジュール調整ちゃんとやってくれよ!とも思いますが。深読みすれば、脱退意思表明のタイミングや根回しが不十分だったのか、「期間限定でソロ活動」と言おうとしたのが言葉だけ一人歩きしたのか、という感じでしょうか?どうも当初のようなショッキングな話しでもなくなって、とりあえず一安心でしょうか。
 この話しは某SNSにも同じ話題で日記を書いたんですが、そちらのコメントでは「スティーヴンがいなきゃエアロじゃない、ボーカルはバンドの顔なのに」という声ばかりでした。これは僕も基本的に同じ気持ちです。他の楽器に比べてボーカルというのはまさしくバンドの「顔」「声」であり、簡単に置き換え可能なものではないですね。例のレッド・ツェッペリン再結成が実現しなかったのも、ロバート・プラントが最後まで首を縦に振らなかったからと言われています。ゼップも新ボーカリストのオーディションまで行っていたらしいのですが、結局ダメでした。パープルはイアン・ギランからデヴィッド・カヴァーディルへ交代して、これは見事にスムーズでしたね。「Burn」という名曲もものしたし。でもこれ以外でめぼしい成功例って思いつかないんですよね。やっぱり難しいんでしょうね。
 成功例といっていいかどうかわからないんですが、ボーカル交代での思い出といえば、あのイエスのものです。長年のファンには名高い、ジョン・アンダーソンからバグルストレヴァー・ホーンへの交代。このエピソードは有名なのでここで繰り返しませんが、僕が思い出深いと思っているのは、最初に音を聴いたときに気づかなかったからです。1980年の交代劇は、ボーカル交代ということ以上に「創始者で中心メンバーだったジョンが脱退!?」という衝撃が大きくて、次に出てくる作品に注目が集まりました(出るのかどうかも含めて)。
 で、発表された「Drama」、僕はアルバム購入前にFMで「Machine Messiah」を聴いたのですが、その時思ったのは「なんだ、ジョン、辞めてないじゃん」でした(笑)。似ていたんですよ、声。当時すでにバグルスの曲は知っていたんですが、そこでの声とイエスでの声があまりに違って聞こえて、ジョンの声にしか聞こえなかったのです。その後アルバムを購入し、真相を知り、よく聴けばそりゃわかりましたが、一番最初のときはわかりませんでした。
 そしてなにより僕が勘違いした最大の理由は、曲調にありました。上に書いたようにジョン・アンダーソンはイエス創始者であり、曲作りの中心であり、リード・ボーカリストだったわけです。ものすごい記名性の高い声とパフォーマンスが持ち味の人で、この人の個性がそのままロック界におけるイエスのユニークな地位の基礎になっていました(それは今でも変わらないはずです)。その曲のテイストが、基本的に変わっていなかったんですよ「Machine Messiah」でも。実にイエスらしい展開のドラマチックで長尺な曲。そのころ(当時勃興していたパンクの影響を受けて)アレンジをコンパクトにしつつあったイエスが、いきなり数年前までやっていたような大仰な演奏をしていたので、僕はすっかり騙されてしまったわけです(いや、イエスは別に騙そうなどと思ってはいなかったはずですが)。今なら分かりますよ、イエスの音楽はジョン一人のものではなかったこと、スティーヴ・ハウの功績がとても大きいことも、クリス・スクワイヤやアラン・ホワイトの貢献が半端ではないことも。でもイエス聴き出してまだ3年目、ロックファン歴さえ5年程度だった僕は、すっかり「ジョンは辞めていない」と信じ込んでしまったわけです。
 このときのイエスは結局アルバム1枚と僅かなツアーのあと事実上解散してしまいました。そしてそれが次に「Owner Of A Lonely Heart」とアルバム「90125」の大ヒットで(しかもジョンの復帰というオマケつきで!)再浮上するのは少し先の話になりますが、僕は当時からずっと「Drama」は良いアルバムだと信じていて、ずっと聴いています。実際良い出来なんですよ。イエスの柔らかさとバグルスの独特なテクノ感覚がほどよくブレンドされていて、旧来のプログレともありがちなニューウェーブともちょっとずつ違う美しさとスピード感を持った音楽になっていると思います。曲もいいし。特にスティーヴはいろいろな意味で中心になったようで、ファンには有名ですが、スティーヴの使用したギターだけが詳細にクレジットされているのはその証拠なんでしょうね。「90125」で復活したときにスティーヴがいなかったのも、そのことを逆説的に示していると思います。
 数年前に出た「Word Is Live」というライヴ・コンピレーションで、「Drama」時代の実況録音が数曲日の目を見ましたが、その演奏もとてもいいものでした。あのまま活動を続けていたら、後のイエス史は大きく変わっていたでしょうし、エイジア、「90125」イエスといった「80年代型プログレ」というグループも誕生しなかったわけで、その意味ではいろいろと歴史の「イフ」を考えるきっかけになりそうです。一人のファンとしては、あと1枚でいいからあのメンバーでアルバムを完成させてもらいたかったなあと思います。アメリカツアーでは賞賛されたけれど、イギリスのファンは冷たかったとメンバーが話しているのを読んだことがありますが、このときイギリスで受け入れてもらえていたらどうなっていたんでしょうね?もしかしたら、ディープ・パープル以来の「ボーカル交代の成功例」として語られたのかも知れません。

Drama

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