書評 唐沢なをき「まんが極道第4巻」「ヌイグルメン!第3巻」

 僕の好きなマンガ家に唐沢なをきがいます。この人の新刊単行本が2冊同時に刊行されたので、今日はそれをお題にちょっと。まずは1冊目、エンターブレイン刊の「まんが極道」第4巻。
 この作品はある意味で、「唐沢なをき」の独壇場たる「マンガ家とその業界を舞台とした物語」です。基本的には読み切り短編の体裁をとっていますが、そこで描かれる「世界」はほぼすべての作品で同一であり、雑誌名や登場人物が重複して登場することで、独特の「世界観」が生まれています。エピソードのひとつひとつは相当ぶっ飛んだものも含み、その意味ではいつもの「なをき」コア作品群と同傾向といえますが、その語り口がずいぶん洗練されてきていて、決して専門知識(?)がないと楽しめない(唐沢作品でいうと「犬ガンダム」など)ものではありません。
 少し前に話題になった例の「取材拒否」事件に材を採った短編(第42話「いや、そうじゃなくて」)も収録されています。これも、その事件を具体的に知っていなくても十分楽しめるように作品が練り込まれています(もちろん、事件を知っていた方がもっと興味深いですが)。これまでの唐沢作品の多くは「ある世界(現実に存在する世界だったり、あるフィクションでの舞台であったり)を熟知した層が一番面白がれる」タイプのものでしたが、「まんが極道」はそのへんについて、ギリギリのところで従来の唐沢路線を踏まえつつ、作品内世界を綿密に創り上げたり、いわゆる「楽屋落ち」を排除することで、新たなレベルに達していると思います。
 そして、その方向性をもっと強く、もっと高いレベルで感じさせるのがもう1冊の講談社刊「ヌイグルメン!」第3巻です。
 こちらは「まんが極道」とは違っていわゆるシチュエーションコメディであり、短編ではなく「ある特撮番組を製作する人々」を主人公とした長編です。コメディ作品ですから1話ごとに騒動があり、ハチャメチャな結末はあるんですが、ちゃんとストーリーに進展があり、登場人物達にもそれぞれ活躍の場や役割があります。特撮番組製作現場が舞台ということで、当初は作者の得意なものを多少メジャー展開したものになるのではと思って読んでいたのですが、第3巻まで出たところで読み返すと、明らかに従来の唐沢作品(オタク向け)とは違ってきています。
 それは主人公の変化で、当初はたくさんいる登場人物の中でも特にとらえどころのない感じだったイリ(名神イリヒト、「きなこマン」という特撮番組のスーツアクター)がはっきりと「主役」として浮き出てきて、そのせいで作品全体が一種の「成長譚」のような色彩を帯びてきています。従来の唐沢作品では、登場人物は作品の中で、いわば最初から最後まで同じ人格・役割を演じているに止まっていましたが(その語り口や舞台設定が唐沢作品の魅力の主なものでした)、「ヌイグルメン!」ではそうではなく、イリは変化し始めています。そしてそれはかなり意図的なものに思われます。群像劇に近い筋運びだったこの作品でイリに訪れたこの変化は、ある意味で唐沢なをきが「次のステージ」に上がったことを示しているのではないかと、僕は思っています。もともと感傷的なもの(「まんが極道」のセリフを借りれば「泣かせマンガ」)はあまり描かなかった作者ですが、特にこのイリの変化、ハルちゃんやマキ(2人とも「ヌイグルメン!」の登場人物)の生真面目さ、そしてもうひとつ、潔癖症の女優ミコトに対する眼差しの暖かさ(141ページでの、酔いつぶれたミコトを囲んで行われる主人公達の会話など)は、かなり画期的なものだと思います。
 今日取り上げた両作品とも、今も連載継続中です。「まんが極道」では最近、作者の本心であろう「マンガを描くということの覚悟」(「矜持」などに顕著)が垣間見られるものも多く、そっちも興味深いです。「ヌイグルメン」では仕事の本当の面白さ・奥深さに目覚めてきたところで突然降板させられたイリがこのあとどう成長していくのか、こっちも楽しみです。もうベテラン作家であり、ある意味で活動フィールドも評価も「固まった」と(僕が勝手にですが)思っていた唐沢なをきの変化(もちろん良い意味で)、これからどうなるか、本当に楽しみです。

まんが極道 4 (BEAM COMIX)

まんが極道 4 (BEAM COMIX)

ヌイグルメン!(3) (KCデラックス)

ヌイグルメン!(3) (KCデラックス)

 追記:本文中ではまったく敬称を使いませんでした。作者には以前コミケのブースで直接お目にかかったとき(「パチモン大王」買いに行ったのです)、とても丁寧に対応してくださり感激した記憶があります。唐沢先生すみません。敬称略に他意はないんです、ご容赦ください。
 追記その2:どこに書いていいのかわからなかったのでここに書きますが、僕、「まんが極道」の登場人物のひとり「蓑竹ヨブコ」さん(みのたけよぶこと読みます)が好きです。エキセントリックな人が多く登場するこの作品の中で、1人コツコツと努力し(その努力の過程で刑務所入りまでして)ついにデビューした彼女には「幸多かれ」と願わずにいられません。
 追記その3:「まんが極道」第4巻に収録の第47話「A World Without Gag(ギャグなき世界)」というタイトル、元ネタは「アレ」ですよね。というわけで、最後はビートルズネタにできてメデタシメデタシ(笑)。