ボブ・ディラン ZEPP TOKYO 3月29日

 まずこれは書いておかなくてはなりません。幸福で感動的な一時でした。それはもちろん「ボブ・ディランライヴハウスで観られた」という気持ちもあります。そしてそれ以上に「本当にすごいものを観られた」という気持ちでもあります。
 オープニングは「雨の日の女」そして続いて「すべてはおしまい」そして「我が道を行く」、この3曲が続いて心を動かされないファンはないでしょう。僕も感動というか感激というか、とにかく興奮しました。そして、ここからがディランの本当に凄いところなんですが、上記のような有名曲がまったく懐メロ的ではなかったことです。
 これはファンの方なら容易に想像つくかと思います。アレンジや歌い方がオリジナルをトレースすることなく現在の彼の音楽イディオムで演奏されるので、結果的にどんな曲を演っても、「現在のボブ・ディラン」のリアルな姿になっていたのです。バンドの演奏は一見ルーズ、実はとてもハイテクニックでセンスもいい、ブルースというか少し引きずるようなブギのものが多く、比較的小さくスタンディングもあるというハコの特殊さも手伝って、非常に濃密な雰囲気でした。ディランの声は再近作のものと同じく低くしゃがれていましたが、不思議な迫力を持ったものでした。
 ディランは数曲でギターを弾いたほかは基本的にオルガンの弾き語り、曲によってはスタンドマイクにハーモニカを手に持って歌うという感じ。このオルガンがまたよかったです。事前に「最近のディランはキーボードを弾きながら歌う」と知ってはいたものの全然ピンと来ていなかったんですが、ものすごくよかったです。実に上手かった。本当に。奏でている音楽にぴったりでした。会場、演奏、声、そうしたものが積み重なってできあがったものは、まったく他には例をみないものでした。
 本編ラストは「いつまでも若く」、これは大好きな大好きな曲で、まさかここで(しかも本編ラストで)聴けるとは思わず、感動というよりも驚いてしまいました(個人的名作「武道館」を思い出しちゃいました)。そしてアンコール3曲(「ライク・ア・ローリング・ストーン」「ジョリーン」「見張り塔からずっと」)のあと、終わらない会場の拍手に再び登場してくれて始まったのは「風に吹かれて」(!!!)。ここにディランの真骨頂がありました。曲目だけを眺めればまさしく「大御所のアンコール」的な選曲ですが、演奏も歌声もまったく現在のディランであるために、ちっとも予定調和・興行的な意味でのファンサービスにはならず、誠実で真剣なコミュニケーションとして成立していたのです。
 常にイメージを裏切り、変転を重ねてきたこの天才はついに、どの時代の有名曲も常に現在の自分のものとして演奏でき、そしてそれを真剣に聴き、心から愛し楽しめる聴衆を獲得したのです。これこそ奇跡的なことでしょう。言葉の壁、情報の壁があるこの日本では難しいことだったかもしれませんが、こうして成立したことはやはり「ライヴハウスツアー」という形式のおかげだったかも知れません。「大スターを近くで観られた」というよりも「ディランの音楽をよりリアルに感じることが出来た・歌や演奏の素晴らしさを身近で感じられた」という気持ち。それは会場を満員にしたファンの方達みなさんそう思われたと信じています。過去数回来日しているディランですが、今回は本当に、あの初来日を超える伝説になるかも知れません。そしてそれは、何よりも自分の姿勢を何十年も貫いてきた天才と、それを受けとめられるほどに真剣なファンによって成されたことに違いありません。その場に立ち会えたこと、本当に光栄です。

DYLANがROCK

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