桜の下を、アートの歌声とともに歩く

 せっかく桜が咲いたらはっきりしない転機が続いている関東地方。4月2日は仕事が休みだったのでどこかに1人で花見でもと思っていたんですが、ものすごい強風と雨で花見どころか電車も動かない始末で断念。昨日は家の用事で外出だったし今日は仕事だったし、結局今のところちゃんと桜を見られてはいないです。とはいってもこの季節、窓の外を見れば必ず桜は目に入ってくる、昨日も今日も、例えば電車の窓から、例えば職場ビルの廊下窓から、ふとした折に桜を眺められました。本当にこの国には桜が多いことよ。わざわざ出かけなくてもこんなに見ることができるんですから。
 ここ数日、出かけるときによく聴くアルバムがありました。アート・ガーファンクルの「Scissors Cut」。1981年発表の、彼にとっては5枚目のソロ・アルバム。このアルバム発売の直後、あのサイモン&ガーファンクルによるセントラル・パークでのコンサートが開催されました、と書くと「ああ、あのころか」と思い出されるファンの方も多いのでは?実際あの野外コンサートではこのアルバム収録の「A Heart In New York」が演奏されています(「今夜の曲の中では数少ないポール・サイモン以外の人の曲です」と紹介していましたね)。
 とてもいい。アートのアルバムはどれも好きですしいろいろ持っていますが、このアルバムは僕にとって「Angel Clare」に次ぐ愛聴盤です。
 音自体はこのころ流行のAORという感じですが、品のある演奏にアートのボーカルも上品で張りがあります。そして作品全体から、なんともいえない「さびしいほほえみ」ともいうべきムードが漂っています。これが僕の胸を打ちます。ファンの方はご存知のとおり、この時アートは恋人のローリー・バードと、彼女の自殺という悲しいかたちでお別れをしています。僕が初めてこのアルバムを聴いたときは、僕も若くて「そういうこともあるんだなあ」と思うだけでしたが、年齢を重ねていくうちに、愛する人を失う(それも自殺によって)ことの悲しさ、やりきれなさを理解できるようになってきました。アップテンポの曲もあるし、全体にはポップな出来ですが、でも感じます。アートの気持ちを。それがもう中年(というか、初老かな)になった僕の胸を打つのです。だらだら生きてきた僕ですが、それでも個人的にいろいろな体験をし、感じてきたこともありました。そうしたものを通して、アートの心に近づいたのかも知れません。
 このアルバム、実は日米で内容が若干違います。アメリカ盤には「Bright Eyes」が収録されていて、かわりに「Romance」が外されていますが、日本盤に「Bright Eyes」はなく、「Romance」が収録されていて、曲順も少し違います。そして比べて聴くとわかりますが、圧倒的に日本盤の方が「いい」です(「Bright Eyes」も良い曲なんですけどね。僕大好きだし。この曲はあの「ウォーターシップダウンのうさぎたち」の主題歌なんですよね。イギリスでバカ売れしたとか)。ほとんど同じ内容なのにです。僕が聞いた話しでは、日本盤の内容がアートの意向に近いとのこと。そう考えると日本盤の方がいいと感じることも頷けます。そして、ほんの少しの変更でアルバムはこんなに印象が変わるのかという、一種のサンプルにもなります。ちょっと変な表現ですが、このアルバムの日本盤は、非常に優れた「トータル・アート」なんだと思います。
 すっきり晴れない日ばかり続きますが、それでも桜を見ることはでき、道々楽しむことができます。そんなときに聴く「Scissors Cut」は、過ぎた年月への思いも含めて、中年音楽ファンを暖かく包んでくれます。昨年はS&Gで来てくれたアートですが(行き損なっちゃったぜ!)また来てくれないかなあ?あんまり大きくない会場で、じっくり歌声を聴きたいです。

Scissors Cut

Scissors Cut

 追記:上に書き忘れてしまいましたが、日本盤の「Scissors Cut」は廃盤らしいです。惜しいなあ。こっちの方が名作なのに。どこかで中古盤を見かけたらぜひ入手してみてください。たぶんプレミアはついてないんじゃないかな?安ければ数百円かも知れません。