ハッピー・バースデイ、ポール

 今日6月18日はポール・マッカートニーの68歳の誕生日です。普通68歳というともうすっかり現役引退で余生という感じですが、もちろん我らがサー・ポールは今も思いっきり現役で活躍中。コンサート活動もずっと継続中です。以前も書きましたが、例えば20年前のあの初来日公演のときは「これで最後」という気持ちで演るほうも観るほうも感無量という感じでしたが、今では笑い話ですね。リンゴ・スターもそうですが、ファンとしては嬉しい限りです。
 話しは突然思い出話になりますが、ちょうどこの時期に買ったポールのアルバムがあります。タイトル「McCartney2」(ギリシャ数字は表示されないかもしれないのでアラビア数字で書きました)、今から30年前、1980年の発表です。
このアルバム、当時も今も評判は芳しくなく、「Coming Up」以外は話題になりません。このアルバムが出た1980年というとポール大麻持ち込みとウィングス来日公演中止という出来事がありました(ジョンのあの事件もこの年でした)。日本でいろいろあって、ウィングスも活動休止(そしてそのままフェイドアウト)、そして多重録音・個人名義のこのアルバム。「ああ」と思い出すファンの方も多いのではないでしょうか?今から思えばその後のポールは悲しい出来事を乗り越え、マイケルとの共演や傑作「Tug Of War」の発表など、次のピークへと向かっていくのですが、このころはある意味で「逆風の時期」だったかもしれません。
 でも、この「McCartney2」僕わりと好きなんですよ。もちろん大傑作ではないですが、どの曲も独特の「魅力」を持っています。当時はYMOの全盛期だったし、世界的にもエレクトリック・ミュージックが台頭してきた時期でしたから、このアルバムのそれっぽい部分もわりとすんなり受け入れられました。というか、ポールはそもそも「決まった」音作りやパターンが存在しないひとなので、独特のテクノ意匠も「これが今のポールか」という感じで受け取ったという感じでした。
今聴いたらどうなのかなあと思って部屋に流しているんですが、やっぱり棒にとっては「好きだ」といえるものでした。いわゆる「宅録」のせいなのかどこかアレンジがこなれていなくて隙間もありますが、それもまた魅力的、テクノ的な数曲も「もろピコピコ音」ではなく不思議な広がりを持った感じです。余談ですがこのアルバムを聴いた数年後に、リズムボックスにフランジャーを繋いで音を出したら「Front Parlor」のような音になって、ものすごく嬉しかった記憶があります。
 曲だってそんなに悪くない。ファンは誰もが思うでしょうが、「Waterfalls」「One Of These Days」などは名曲でしょう。個人的には「Summer’s Day Song」が忘れられません。柔らかで聴きやすいけれど、この曲以外ではどこにも存在しない不思議な音作りとボーカル。完璧ではないけれど、間違いなく天才の業。そんな感じです。なによりもどの曲からもポールが「こういうふうに作りたかった、歌いたかった」という気持ちが感じられます。世の中に名曲傑作は多いですが、そういうところでは絶対に聴けない「アーチストの気持ちのままに作られた」不思議な親密さと奥深さを感じる、個人的名作だと、今改めて思いました。
 このアルバムが発表されたとき僕は高校2年生。この年はウィングスのチケットを徹夜で買ったり、高校では生徒会活動に入り込んだり、友人とバンドを組んだり、あと特に詳細は省きますがとても思い出深い出来事があったり(笑)、ありがちではありますが「青春」という感じの時期でした。「McCartney2」は梅雨の合間の晴れた午後、地元のレコード屋さん(そう、CDショップはまだこの世になかった)で買いました。購入特典でスピードくじを引かせてもらえて、当たりを引いた僕は「ウィングス幻の日本公演プログラム」をもらえてすごく嬉しかったこともよく憶えています(今も持っています)。
 ちょうどこのアルバムを買った頃は上述の生徒会活動で忙殺されていた時期で、蒸し暑く、汗びっしょりになりながら走り回っていたことばかり思い出されます。今ほどいろいろなことを理解はしてませんでしたが、今よりずっと性急で「疲れを知らなかった」時代。そんな思い出も込みで、このアルバムは僕の「個人的名作」なのかも知れません。
 誕生日おめでとうポール。68歳上等!ですね。レコード会社移籍、アルバム再発など、今もあなたのニュースが世界中を駆けめぐっています。これからもずっとお元気でご活躍ください。いつもいつも書いていますが、またいつか日本で会いたいですね。その日が来るのを楽しみに待っていますよ。

Mccartney II

Mccartney II