今日の名演奏
今日は仕事で外出し、そのまま直帰だったので、帰りに夕食の食材などを買って帰りました。少し時間があったのでデパートの雑誌売り場に寄って立ち読みしていたら、どこからかピアノの音が聞こえてきました。雑誌売り場の隣が楽器屋さんで、そこに置いてある電子ピアノの音です。弾いていたのはピアノを見に来たお客さん、若い女性でした。弾いていたのはベートーヴェンの悲愴ソナタの第二楽章。ビリー・ジョエルほかたくさんの翻案ものを生んだ、あの名旋律です。その女性はのめり込んで弾いていたわけではなく、軽く右手だけで弾いていた感じで、第一主題の断片がパラリ、パラリと流れてきました。どうってことない風景です。喧騒の一部といってもいいかも知れません。
でも僕はこれを耳にしてとても感動しました。「聴かせてやろう」という気持ちのない素直な演奏が、素直に気持ちに響いてきた、そんな感じ。実際その演奏はとりたてて上手ということでもなく、主題を数回繰り返したという程度だったのですが、それでも僕には十分でした。
音楽を聴いて感動する。それはなにも「上手な演奏」には限りません。客観的には決して褒められるような演奏ではなくても、そのときの気持ちや体調、音楽や演奏者との距離感(精神的な)によって大きく変化します。これは当たり前のことですね。僕もよくわかっています。どんな有名演奏家による見事な演奏でも受け入れられないときもあります。今日僕は幸運にも、偶然「今日の僕にとっての名演奏」に巡り会えました。
今部屋にはCDの「悲愴」が流れています。演奏はバックハウス。もちろん超のつくほどの名演奏です。耳を傾けていると心に染み入ってくるような演奏です。でもでも、今日の夕方、あの賑やかな街の真ん中で聴いたものには及びません。あのピアノを聴いた瞬間の驚きと喜びは、ちゃんとした演奏ではなかっただけに却って「音楽を聴くことの喜び」を思い出させてくれました。そう思うと、とても嬉しい気持ちになります。音楽ファンでよかった、そんな気持ちになれます。
これをお読みのみなさん、明日はみなさんのところにも「今日の名演奏」がやってきますように。
ベートーヴェン:ピアノソナタ「悲愴」「月光」「熱情」「ワルトシュタイン」
- アーティスト: バックハウス(ヴィルヘルム),ベートーヴェン
- 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
- 発売日: 2008/10/08
- メディア: CD
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