書評「ヌイグルメン!」第4巻

 唐沢なをきのコミック「ヌイグルメン!」第4巻(講談社刊)が出ました。雑誌連載のほうは無事終了し、この巻で完結です。
 ストーリーは、ある特撮ヒーロー番組を作っている人達を描いたシチュエーションコメディ。たくさんの人達が登場しそれぞれ活躍しますが、主人公はスーツアクターの「名神イリヒト(通称「イリ」)」です。いろいろなことがありながらもいよいよ番組第一部最終回の撮影までこぎ着けた番組スタッフ。「きなこマン」(shirop注:そういう名前のヒーローなんです)のスーツアクターを突然降板させられることになったイリ。(主に経済的理由により)落ち着かない撮影現場と製作プロ。番組はどうなるか、そしてイリは?そして番組に集った仲間達は?そしていよいよ第4巻は始まります。
 この作品は他の唐沢作品とは違います。以前このブログでも書きましたが、唐沢作品の多くは、登場人物は最初からある性格役割を与えられたら最後までそれを維持し、ごく普通の意味での「変化・成長」はしません。あるシチュエーションの中で、登場人物達はその「役割」を演じます。登場人物相互の関係も大きく変わることはなく、シチュエーションも基本的には(時間的・空間的に)変化しません。いわば「ネバーランド」のような状態で作品世界が成立しています。もちろんそここそが唐沢作品の根幹であり、その語り口やキャラクター造形、様々な飛躍や冒険が作品の面白さの本質になっています。
 ところがこの「ヌイグルメン!」は、基本的な設定は変化しませんが、登場人物は相互に関連しあい、物語のなかでお互いに(ギャグマンガとしてですが)影響を及ぼしあい、少しずつ変化していきます。ストーリーの縦軸が「テレビ番組を作る」というもので、時間の流れが一方向であるためにその「人間の変化」は非常にわかりやすくもなっています。一番わかりやすい主人公イリ、彼はとある嗜好のためにスーツアクターを天職としますが、最初のころは自分の嗜好には自覚的でも仕事や才能に対してはまったく無自覚です。通常の唐沢作品であればそれはそのままの設定で、単なるトリックスターで終わるところですが、「ヌイグルメン!」では単に「スーツが着られればオッケー」から変化し、自分の仕事の奥深さや面白さに目覚めていきます。
 もうひとり、番組に出演している美人女優ミコト。極度の潔癖症のため仕事でしくじり続けてきた彼女は、登場し始めたころは単なる「お騒がせ役」だったものが、これまた変わってきていきます。イリとの関わり、そして製作現場に身を置くことで「みんなと一緒に仕事したい」という自分の気持ちに自覚的になり、潔癖症こそ治りませんがだんだんみんなに溶け込んでいきます。そしてそれを見守るマキちゃん他の登場人物たち。
 こうした「登場人物同士が関わり合い、変化をしつつストーリーと絡んでいく」というものは、今までの唐沢作品にはあまりなかった(唐沢作品すべてを読んでいるわけではないので断言はしません)ことです。ストーリーではありませんが(背景やモブを含めた)作画や構図も、従来の唐沢作品のような遊びや飛躍を(たぶん意識的に)避け、読者を眩惑する(=虚構性を高める)ことなしに、「いかにも現実にありそう・起こりそう」な印象を持たせているようです。これは画期的ではないかと僕は思うのです。唐沢なをきはすでに20年以上のキャリアを持ち評価も高く、ある意味で「完成された」作家だと思っていたので、「ヌイグルメン!」は僕にとって驚きでした。
 さて、第4巻の話しに戻ります。突然の降板、新たなライバルの出現など、イリにとっては予想外のことが起こり、いよいよ「主役の座」(要するに「誰がヒーローのスーツを着て番組に出るか」ということ)を巡って麻久部ユウ(ライバルの名前です)と決闘(?)することになったイリ。その勝負が最終回で描かれています。
 これはちゃんと「感動的」なラストでした。もちろん変に泣かせる演出があったわけではなくギャグマンガとして成立していましたが。見学者たちがイリの方を「こっちが本物だ」と指摘する場面、勝負のあとケガをしているイリにツンデレ気味にハンカチを差し出すミコト、この先もずっとイリに主役のスーツを着ることを認める制作プロの社長と「これでまたみんなで第二部を作れる」と喜ぶスタッフたちの姿など、実に見事にまとめあげていました。4巻もののコミック作品としては大成功といっていいでしょう。
 でもやっぱり僕は少し不満が残ります。作品の質云々ではありません。「ここまできたのなら、もっと上に行けたはず」と思うのです。上に書いたイリのライバルのユウの登場には、伏線として制作プロ社長の思わせぶりな発言があるのですが、その発言では社長はイリの才能を見抜き、あえてイリを不遇の立場に置くような印象がありました。ところが物語の終盤そのへんことはあまり描かれません。登場人物のひとり、イリの友人で役者のヒロ(番組では変身前の主人公をやっている、顔出しの俳優)が最後までダイコン気味というところも、イリを始め主要登場人物が少しずつ自分の立ち位置を確立していく群像劇のなかでは少し取り残されたように感じられます。イリとヒロは文字どおりコンビであり、その片方が最初から最後まで変化しないことは、今回の作品では少しバランスを欠いてしまったように思えます。そういう意味でも「うーん、あとちょっと、あと一歩あったら」と思っちゃうんですよ。
 それでもこれは名作だと思います。自分のもっとも得意とする分野を舞台としながら、今までの自身の作品とは一線を画すようなものを描き上げたことは、作者のキャリアを考えたらすごいことだと思います。僕が思った「あとちょっと」という感想は「今のなをき先生ならそこまでイケル!」と思うからこそです。
 「ヌイグルメン!」はいよいよ番組の第二部の制作が決定するところで終了します。僕としてはなんとしてもこの「番組第二部制作」の現場を舞台にした「パート2」を読んでみたいです。番組は、現場はどのような騒動に巻き込まれるのか?登場人物たちはどんな活躍をするのか?そして彼らにどんな変化が訪れるのか?今の唐沢先生なら描ける!そう信じています。「きなこマン第二部」を舞台にした「ヌイグルメン!パート2」をぜひ読んでみたい、そう思います。そしてそれが完成したときこそ、本当の意味での「唐沢なをきの新時代」が確立されるんだと思います。

ヌイグルメン!(4) (KCデラックス)

ヌイグルメン!(4) (KCデラックス)