60年代ポップスの隠れた名盤

 キース・エマーソンELP結成前に活動していたバンド、ザ・ナイス。このバンド、主観的には「活動が下るほど魅力がなくなる」バンドです。
 後期の作品が嫌いなわけではありません。全部持ってるし(笑)。「組曲五つの橋」だってけっこう聴きました。でも、このバンド、活動後期ははっきりと「ELPのプロトタイプ」的な音楽になってしまって、どこか煮え切らない感じになってしまったように思います。曲自体もそれほどよくないし。キースの個性は、キーボードの演奏に関してはもうはっきりと確立されていますが(この部分だけは、後のELPとなんら聴き劣りしないです)、音楽全体としては発展途上という感じです。
 僕がナイスで魅力的だと思うのは、その活動初期に限定されます。で、ずっと長いこと再発を待っていたアルバムがつい最近CD化されました。タイトルは「Autumn ’67-Spring’68」。
 このアルバム、ナイスのデビュー直後のコンピ。タイトルどおり活動初期にフォーカスされていて、収録曲の大半は彼らのファーストアルバムからのものです。
 これがとてもいい。曲そのものはプログレ的ではなく(そういう部分もありますが)、サイケデリック的なポップス、いや、非常に優れた60年代ブリティッシュ・ポップです。僕はこのアルバム、今から30年以上前に国内廉価盤が出たときに(ELPさえ「展覧会の絵」と「タルカス」しか持っていなかったのに)購入し、なんの知識も先入観もないまま聴いて「プログレに聴こえない・なのに聴いていて楽しい」と思ったものです。アナログ盤のレーベルはあの「カリスマ」(「不思議の国のアリス」のマッドハッターがいるやつ)だったのでずっとそういう所属だと思っていたら、実はイミディエイト・レーベルの所属でした、というかずっと後になってそういう事実を知りました。イミディエイトといえばある意味でブリティッシュ・ポップスの王道そのものですから、そういうところから出てきた彼らの音楽がポップス愛好家のストライクゾーンにいるのは当然といえるかも知れません。
 本当にどの曲も魅力的。弾むようで、溌溂としています。キースのキーボードももちろんすごいですが、このアルバムではデイヴ・オリストが奏でるギターが随所で光を放っています。ナイスの代表曲「America」(ELPのステージでも演奏していました)はライヴテイクなどではまったく聴くことができないデイヴのギターがキースと互角に張り合っていてすごいです(アナログ盤のライナーにも「デイヴは才能があるのに機会に恵まれずもうひとつの地位に甘んじている」というようなことが書かれていた記憶があります)。
 それからこのアルバム、シングルのコンピのためか、他のアルバムでは聴けないミックスや編集が多いです。全体的に編集はシングル向けでタイトになっていて、これを聴いたあとアルバムバージョン(あるいは他の編集盤)を聴くと、ちょっと間延びしたような印象になってしまいます。「America」は冒頭部分の「戦争SE」がなくて純粋に演奏だけ聴けますし、「Tantalising Maggie」のエンディングに入るもろクラシック調のピアノも、後半部分をばっさり切り取ったことが功を奏して、とてもスピード感あふれるものになっています(アルバム・バージョンはクラシックコンサートのような効果音と演出が入るんですが、まあ大したものではないです)。
 僕が特に好きなのは1曲目の「ナイスの思想」という邦題の曲。曲自体がとてもいい(曲のテーマは明らかにビートルズの「All You Need Is Love」からきています)のですが、ここに収録されているのはオリジナル・バージョンを編集して倍近い長さ(オリジナルは3分弱、このアルバム収録バージョンは4分15秒)になったもの。上述のように他の曲は編集して短くなったりすっきりしたものがおおいのですが、この曲だけ例外的に「長くなったもの」の方が聴き応えあります。編集は単純に同じヴァースを再登場させただけなのですが、こちらの方が曲の魅力が倍増しています。実は僕、このバージョンを聴いたあとにオリジナル・バージョンを聴いて、「あっという間に終わっちゃう」のに驚愕し、それ以来10年以上「ロング・バージョン」を探し続けたことがありました。
 10年くらい前にナイスが紙ジャケ再発されたときに「これなら!」と思って購入したのですがやっぱりオリジナル。がっかりしたあまり当時のパソコン通信ニフティ)のプログレ会議室にそのことを書き込んだところ、そこのシスオペさんから「3枚組のコンピに入っていますよ」とレスしてもらえ、めでたく手に入れられた思い出があります。今回の再発は、高音質CDだしリマスターされてもいるので音質もかなり良くなっていて、その意味でもとても嬉しいです。
 「ナイスの思想」の原題は「The Thought Of Emerlist Davejack」。当時のナイスの(4人の)メンバーの名前を無理矢理繋いだものでした。ナイスはその後すぐにデイヴ・オリストが脱退してキースを中心にしたキーボード・トリオとなり、クラシック要素を増やしていきながらELPへの序章的な道を歩み始めます。それはそれとして受け入れられますが、僕にとって最も魅力的なナイスは、この「エマーリスト・ダヴジャック」が一丸となってがんばっていた、一番最初の時期の彼らです。
 これをお読みで、「ナイスって初期プログレだろ」と思ってらっしゃった方、ぜひ騙されたと思って一度「初期のナイス」を聴いてみてください。なにしろ彼らはイミディエイトのアーチストです。絶対にハズレません。これは極上の、スィンギング・ロンドンを活写した「ブリティッシュ・ポップス」です。

オータム’67~スプリング’68(紙ジャケット仕様)

オータム’67~スプリング’68(紙ジャケット仕様)