吉松隆・荒井英治両氏のイベントに参加してきました

 今日はタワーレコード渋谷店のイベントに参加してきました。ちょっと前にこのブログで取り上げた「タルカスの管弦楽版」を製作・演奏した2人の音楽家、作曲家の吉松隆氏、東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター荒井英治氏のトークイベントです。当然お題は「タルカス」管弦楽版の誕生にまつわるお話しでした。というか、ちゃんとそのお話しもあったし、非常に面白かったんですが、それ以上に面白かったのが、冒頭から炸裂した両氏の「プログレ愛」とてもいうべき情熱でした。
 吉松氏は「約40年前から少しずつタルカスの編曲を試みていた。ネット時代になって様々なサイトから情報を得つつ完成させた」荒井氏は「兄の影響でロックを聴き始め、全盛期のプログレにハマッた」とお話ししていました。ちなみに荒井氏は1957年生まれ、「Tarkus」が発表されたときは14歳。ハマリそうな年齢ですね(笑)。今回の企画の実現には、東フィルのソロ・コンサートマスターである氏の力が大きくものを言ったらしいです。ただし現場はなかなか大変だったらしく、「オケのメンバーから『タルカスってなんですか?』と訊かれ、指揮者からは『プログレってなんですか?』と訊かれた」とお話しされていました。ロックファンとしてはちょっとタメイキもれるようなエピソードですね(まあ、普通のロックファンだってクラシックについての知識はそのくらいでしょうから、特別クラシック関係の方が変だということではないんですが)。
 実際にコンサートを実現するに当たっては(当然ですが)著作権の問題もあったらしく、今回は大丈夫でしたが、もしも権利者(キース・エマーソンやそのマネジメント、レコード会社など)が「ノー」と言えばそこで企画は頓挫したかも知れなかったとのことでした。ここについては今回「結果オーライ」だったそうですが、やはりこういうときは強力なオーガナイザーが必要になってくるんでしょうね。今回のイベントの演台にはジャケットにも登場した「タルカスのフィギュア」がいたんですが、吉松氏いわく「このタルカスにも版権があるんじゃないかとか(権利関係をクリアしなければならなくて)、とにかく大変だった」だそうで、現代曲を演奏することの難しさを示していました(これは著作権の及ぶすべての芸術分野に当てはまりますが)。
 著作権についてはもうひとつ「自分たちの仕事を守ってくれるありがたいものではあるが、反面権利者の意向が非常に大きな影響を持ってしまう。かつては誰かの曲を勝手に変奏曲にしてしまい、それで音楽が発展してきた歴史もある。プログレなどを聴いていると、いろいろな音楽の『パクリ』があるが、そういう部分がとても難しい」と発言されていました。これもなかなか微妙な問題ですよね。ネット時代、デジタル時代になって、様々な取り組みがあるとはいえ、そう簡単に解決できるものでもないし、悩ましいところです。余談になりますが「ロックにパクリが」部分については少し補足。いくらなんでもロックだって盗作すれば批判・処罰されるし評価も下がります。吉松氏が今回言及されているのはたぶんキング・クリムゾンホルストの「惑星(の火星)」をネタにしたり、ELPバルトークヤナーチェクヒナステラなどを引用または編曲していること、イエスリック・ウェイクマンの「Cans And Brahms」を指していると思います。単純な剽窃ではないと思うので一応ここに書いておきます。
 興味深かった話しとして、当初これは都合3つの企画だったとのこと。「アメリカ」のピアノ協奏曲版で1本、新たに書き下ろすヴァイオリン協奏曲(ソリストとして荒井氏を考えていたらしいです)で1本、そして最後に「タルカス」で1本。それがあの「事業仕分け」の影響でそこまで徹底することが困難になり、最終的に「タルカス」を目玉にした1本になったとのことでした。これもなかなか微妙な話しだなあ。安易な政治論議はここではできないですが、2回もそのことが話題になったところから察するに、相当大変だったことが想像できます。
 途中からピアニストとしてコンサートに出演した中野翔太氏も参加し、イベントは盛り上がりました。「アメリカ」の編曲がユニークだったために「弦セクションが途中で笑い出してしまう」なんてこともあったらしいです。へえ、そうなんだ。僕は今回のCDで一番よかったのがこの「アメリカ」でしたから、そういうエピソードは興味深かったです。
 CDのライナーにもありましたが、吉松氏は「来年創立100年を迎えるオケが、100年以上前の曲しか演奏しないのであればもう(オーケストラやクラシック界に)未来はない」と考え、新しいレパートリーを生み出すきっかけとして今回の企画を考えたそうです。現代曲ではそういうものをカバーできないことはもうわかっているので、敢えて自分のやりたいものをやってみたとも。そしてこうも話していました、「こういう試みをしても、クラシックの人達はほとんど乗ってこないんですよね。別にプログレでなくていいから新しいことを初めて欲しいんです」と。
 僕はブログで書いたとおり、今回の試みを少し疑ってかかっていたんですが、今日のイベントでの吉松氏の言葉を聞いて、いろいろなものが腑に落ちて、理解が深まりました。なるほど、氏の理想はそこにあったのか。それならば僕ごときが偉そうに批評する必要はありません。僕も同じように感じます。新しい試みは批判されやすいし理解されるのに時間がかかります。でもそこからしか本当の未来は来ないはずです。吉松氏にも東フィルにも、これからもがんばってもらいたいです。
 イベント後のサイン会のとき、僕は吉松氏にも荒井氏にも「ぜひ再演をお願いします」と言葉をかけさせていただきました(3月14日はAC/DCがあって観られなかったとも付け加えました)。お二人とも笑顔を返してくださいました。7月31日のブログにも書きましたが、こうした試みは1回限りのイベントにせず、しつこいくらい繰り返すことで定着するのだと思います。ぜひ実現して欲しい、次の機会には必ず僕も観客として参加したいです。

タルカス~クラシック meets ロック

タルカス~クラシック meets ロック

 注:今日の日記に書いた吉松氏、荒井氏の発言は、僕の記憶に基づいて書いたものです。現場では録音はもちろんメモもとりませんでした。発言内容に間違いはないと思いますが、記憶違いや僕の理解不足などがあるかも知れません。その点についてはご了承お願いします。もちろん文責は僕にあります。