まさに「解釈者」

 ベティ・ラヴェットの名前だけは知っていました。実力派のシンガーだということ、大変な苦労人だそうだということ、そしてオバマ大統領就任時の記念コンサートで、ジョン・ボン・ジョヴィと「A Change Is Gonna Come」を歌った人だということ。ほとんど知らないといっていいかも。特にフォローするわけでもなく過ごしていました。それがつい最近、偶然ショップで見かけたアルバムを、試聴もせずに買ってしまいました。なぜか?
 答えは簡単、収録曲です。ジャケ裏に載っている曲名を眺めていて、気がついたらレジにいました(笑)。決め手になったのはボートラの1曲でしたが、その他の曲もすごいです(後述しますが、決め手になった曲は、なんでこれがボートラなの?という出来です。録音の来歴からボートラは当然なんですが)。タイトルはずばり「Interpretations:The British Rock Songbook」すごいなあ、ちなみに「interpretation」は「解釈」という意味です(芸術的な意味も含みます)。
 で、並んでいる曲がすごい。「愛のことば」「ノー・タイム・トゥ・リヴ」「悲しき願い」「オール・マイ・ラヴ」「イズント・イット・ア・ピティー」「あなたがここにいてほしい」(!!!)、「明日への願い」「恋することのもどかしさ」「地の塩」「サテンの夜」「恋は悲しきもの」「僕の瞳に小さな太陽」そしてボートラに「愛の支配」。ふう。邦題で並べましたが、きっとみなさん御存じの曲、多かったでしょう。僕は全曲持ってます。
 実際の中身は並んだ曲目のインパクト以上でした。単純に説明してしまうと「ブリティッシュ・ロックの名曲をR&Bアレンジで歌った」というものですが、もちろんそんな簡単な話ではありません。歌手としてのベティが卓越した技量を持ち、彼女にしかできない歌声で最高のパフォーマンスを聴かせてくるのは当然ですが、キモなのはその演奏というかアレンジ。例として1曲目の「愛のことば」を挙げますが、これは言わずとしれたビートルズの曲、僕なんかにとっては「耳タコ」なわけです。が、途中までわかりませんでした。正確にいうと、「愛のことば」なんだろうなと聴いているのに、知っているフレーズがなかなか出てこないのです。もちろんじっくり聴けばわかりますが、とにかく非常にユニークなアレンジ、歌唱です。どの曲もそう。基本的なアレンジはグッと重め、サンプリングループなし、まさに生演奏という感じ、そして全体的に、「とっつきにくい」。非常にユニークと書きましたが、音楽そのものはド正統派で、変な「おもねり」は全然ありません。むしろ曲の核心だけをむき出しにするような真剣なもので、聴いているこちらまでヒリヒリと痛みを感じるようです。普通この手の企画だと、もう少し聴きやすいものができるはずなのになぜ?
 その理由は(ライナーに詳しく紹介されていましたが)ベティ本人に、曲やオリジナル・アーチストに対する個人的思い入れがないためのようです。彼女はそうした「周辺情報」に惑わされずに、自分なりに曲そのものを受けとめ、自分らしく表現したらしいです。僕のような人間にとってこのアルバムの収録曲はほぼすべて「愛着のある・思い入れのある」ものばかりですが「私にとっては聴いたこともない曲が多かったのよ。黒人系のラジオではかからなかったからね。」と明言するベティだからこそできたものなのかも知れません。
 彼女は曲の核心に触れてくる。そのときにきっかけになったのはたぶん歌詞でしょう。収録されている曲は一見バラバラのように見えますが、一点共通することがあり、それが「歌詞の内容が切実だ」というものです。彼女はオリジナル曲のアーチストのキャラクターや音楽界での位置づけ、メロディではなく、「何を歌っているか」を拠りどころにして歌の世界に入り込んできたようです。それが凡百の「トリビュート企画」とはまったく違う内容を達成した原動力だと思います。実際レッド・ツェッペリンの「オール・マイ・ラヴ」やリンゴ・スターの「明日への願い」などは、オリジナルよりも数段シリアスなムードになったと同時に、歌詞の世界も明確に歌い出すことに成功していると思います。「あなたがここにいてほしい」など、僕は「70年代ロック最高の1曲」と信じている曲なので、ここで取り上げてもらって大感謝なんですが、原曲よりもずっと厳しい雰囲気で、でもあの歌詞にあったシリアスさは、確実に伝わってきます。むしろオリジナル以上に。どの曲も、歌詞がもともと持っていた切実さを際だたせるような歌声と演奏です。まるで「この曲はこう歌うべき」といっているよう。これはちょっとやそっとではすみません。ものすごい「重い」アルバムです。でもちゃんと聴けます。最初聴いたときはその「そっけなさ」に驚きましたが、何回か聴くうちに、ちゃんと聴き手に向かって歌われていることがわかり、受けとめることができるようになりました。彼女の、自分にも対象にも厳しいこの態度は、決して独りよがりのものではなく、「開かれた音楽表現」なんだということがわかります。
 最終曲「愛の支配」はボートラで、2008年ケネディ・センターでのライヴテイク。このとき「ケネディ名誉賞」を受賞したロジャー・ダルトリーピート・タウンゼントへのトリビュート・パフォーマンスなんですが、これがもう信じられない名唱。会場にいたロジャーとピートが感動し、バーブラ・ストライサンドがピートに向かって「これは本当にあなたの書いた曲なの?」と尋ねたほどのもの。原曲のピアノを曲の土台にして、地を這うような演奏に呻くようなボーカル、でもこれ以上ないくらい美しい。パフォーマンス前の紹介時にはパラパラだった拍手が、歌い終わった後は嵐のような喝采になるのも頷けます。これこそ本当に意味で「他人の曲を自分なりに歌った」というものなのかも知れません。その他の曲も全部そう。「解釈」とはまあ、よくもつけたりというほどの名タイトルです。これはぜひR&Bファンにもロックファンにも、ベテランにも若い音楽ファンにも聴いてほしい作品です。苦いけれどかけがえのない、傑作です。

ブリティッシュ・ロック解釈

ブリティッシュ・ロック解釈

 追記1:僕は日本盤を購入しましたが、このライナーはなかなかよかったです。ロブ・ボウマンによるオリジナルライナーを邦訳したものも(若干訳文が硬いですが)ベティを知るためには便利。日本盤独自の小出斉氏による文章も、とてもわかりやすく参考になります。
 追記2:で、その小出氏のライナーについてひとつだけ疑義提出。曲解説の「愛の支配」で「ザ・フーの73年の”Quadrophenia”(オリジナル・アルバムの『四重人格』ではなく、映画『さらば青春の光』のサントラの方)収録曲で、シングル・カットされたがアメリカで76位になったのが最高で、イギリスでは不発に終わった。」とありますが、これはどういう意味なんでしょう?素直に読むと、オリジナル「四重人格」からではなく「さらば青春の光」サントラからシングルとして発売された、そしてベティはそっちをテキストとして採用したと受け取れますが、実際にシングル・カットされたのはオリジナル・アルバムからでサントラは関係ありません(76位という順位も1973年に記録しています。サントラの発売は1979年)。オリジナルとサントラでは内容が異なりますが(サントラの方はストリングスがオーヴァーダビングされています)、ベティのテイクは特にサントラ盤テイクを底本にした形跡はありませんので、不必要な情報を整理せずに書いてしまったように読めてしまいます。
 僕なりに書くと「ザ・フーの1973年作品「四重人格」の最後を飾る名曲。シングルとしての成績は全米76位と平凡であるがファンの間では評価・人気ともに高く、現在もコンサートでは重要なレパートリーとして定着している。このアルバムは6年後にザ・フー自身の手により映画化され「さらば青春の光」というタイトルで日本公開もされたが、その際のサントラ盤に収録された同曲にはミックスの変更と楽器のオーヴァーダビングが施されていた。ベティはサントラではなくオリジナルテイクをもとにして歌っているようだ。」ふう。生意気書いてすみません。
 追記3:最初の方に邦題をずらずら並べましたが、国内盤のブックレットには本当にちゃんと邦題が書かれているんですよ。「恋することのもどかしさ」まで書いてくれてて本当に嬉しいです!誰かこの喜びを共有してくれないかな?
 追記4:プログレが2曲も取り上げられててバンザーイ!こっちもこの喜びを誰かと分かち合いたいです(笑)。