新譜評 ジョン・メレンキャンプ「No Better Than This」

 今日は最近購入したアルバムをお題に。
 ジョン・メレンキャンプというと間に「クーガー」がついた名前で出てきたころは全然なんとも思わなかった存在で、そのままずっとそのままでした。それがあのボブ・ディラン30周年記念コンサートでオープニングを飾ったところでビックリ。慌てて聴き返した(しかも断片的に)程度ですが、優れたアーチストだということは理解していました。で、その彼が秋に出したニューアルバムが「No Better Than This」。
 このアルバムの一番ユニークなところは、ワンマイク一発録音(もちろんダビングも差し替えもなし)でモノラルだということ。これは聴くと驚きます。ローファイとかとは全く違います。本当に「昔のレコード」のような音(機材まで同じなんですから当然ですが)。そして楽曲のスタイル。ジャケにわざわざ「Thirteen New Songs by John Mellencamp」となければ作者クレジットを確認し直してしまうほど、実にスタンダードでオールドなもので統一されています。どれもブルース的というか、アメリカのルーツミュージックに強い影響を受けた感じ。というか、もともとの音が上記のような感じなので、もろに「ソレ」に聴こえちゃいます。いわゆる「ルーツ回帰」「アメリカの伝統的な音楽への敬意」ということは、聴けば理解できます。でも、このアルバムはそれだけではありませんでした。
 それは録音場所を知るとよくわかります。ジョージア州のファースト・アフリカン・バプティスト教会、テネシー州メンフィスのサン・スタジオ、そしてテキサス州のガンター・ホテルの3カ所とクレジットされています。最初の教会はアメリカ最初の黒人教会。逃亡黒人を匿うための空気穴が床に空いているという場所。サン・スタジオは説明不要ですね。ガンター・ホテルはあのロバート・ジョンソンが録音を行った場所。そのことを知り、音楽を聴くと、これが一種の「巡礼」だということがわかります。それはアメリカが生んだ偉大な芸術を詣でる旅であり、同時に「アメリカが通ってきた苦難の歴史」を知る旅でもあります。録音場所も曲調も、非常に強くブルースへの敬意を感じさせます。そしてそれは同時に、アフリカ系アメリカ人、あるいはアメリカの庶民(市井の人々)に向けられた眼差しでもあります。このアルバムはそうしたものへの暖かく愛情のこもった思いを、わざわざヴィンテージ機材まで持ち込んでまで音楽で表現したものなんだと思います。あのローリング・サンダー・レビューがプリマスから出発したこととも共通する、アメリカの優れた芸術家が胸に抱く思い。
 上に曲調がオールドな感じと書きましたが、歌詞もそうです。どれも辛い日々を、報われない人生を歌います。それは絶望的な言葉だったりジョークのような趣だったり。僕たちのような洋楽ファンにはなじみのある言葉です。決して単純に当時のものを倣ったものではないですが、非常に似ている。そしてそれが同時に優れたロックの歌詞としても成立しています。やっぱりブルースとロックは直系の血縁関係があるんですね。僕はちょっとウォーレン・ジヴォンを思い出しちゃいました(あの人ほど露悪的ではないですが)。
 このアルバムは、洋楽ファン、ロックファンを長くやっている人ならすぐにその質の高さを理解できる名作です。でもそこにあるのはただの懐古趣味ではない、味わい深いモノラルの音、「懐かしい」とさえいえるようなその音楽は、間違いなく「現代の優れた表現・ロック」だと思います。それにしてもこの音の説得力はすごい。僕は配信でもデジタルでもなんでもオッケーな人間ですが、このゴソッと固まりのような、それでいて奥行きを感じる音には、喜んで頭を垂れます。

No Better Than This

No Better Than This

 追記:サム・フィリップスサンレコードのオーナー)についてオリジナルのライナーで「the great record maker and civil rights pioneer」と紹介されていたのがちょっと驚きでした。彼の業績自体は知っていましたが、正面切ってこのように評価されているということに印象を新たにしました。本当に奥が深いなあ。