アンダーソン・ウェイクマン「The Living Tree」

 実はしばらく前から気づいていたんですが、イエスの公式サイトから、ジョン・アンダーソンのサイトへのリンクがなくなっています。具体的にいつからかは不明ですが、例の病気騒動(ジョンの体調不良によりイエスのツアーへ参加が出来ず、バンドは代替ボーカリストでツアーを決行してしまったというもの)が3年半くらい前なので、その後くらいからなのかも知れません。出たり入ったりが多いリックのサイトへのリンクがないのはまあしょうがないとして、別に脱退したわけでもないジョンをはずすというのはファンとしてはちょっと不安なんですよね。
 そのジョン当人ですが、一時はどうなるかと思った病気ですがどうもそれなりに復調したようで、公式サイトで知る限り、ソロツアーも熱心にやってるようです(アコースティックと銘打っているので、2007年の来日公演のようなものなのかも知れません)。で、ここへきて新譜が出ました。昨年の後半に出たもので、タイトルは「The Living Tree」。
 これは正確にはジョン個人の名義ではありません。「Anderson/Wakeman」つまりジョンとリック・ウェイクマンの、ありそうでなかったデュオ名義アルバムです。タイトルもそうですがジャケットもこの2人のものらしい感じ(ロジャー・ディーンではないですがそれっぽい)。
 内容はというと、これまたこの2人を長く聴いてきたファンには想像がつくようなものです。リズムセクションもギターもなく、リックの弾くキーボードをバックにジョンが歌っているというもの。今回は2人のパフォーマンスは非常にシンプルで、1人アカペラや多重録音オーケストレーションはなく、印象としては静かなものです。曲調も穏やかなもの多いです。
1曲目「The Living Tree(Part1)」を聴くと、ジョンの声にあまり力がなく、病気が影響しているのかと不安になりましたが、その他の曲ではそれほど弱々しい印象のものはなかったです。ただ、やっぱり少し変わったかな?声質や歌い方は普遍ですが、力強い感じよりも柔らかな感じが…。いや、正直に書きますと、やはり少し老いたような感じがします。
 でも僕は、それはそれとして受け入れて楽しんでいます。人間が老いるのは当然、病気をすれば身体のチューンが変わるのも大アリ。そこを含めて、長年のファンとして受け入れます。そしてなにより、ちゃんとスタジオ録音を完成させるまでに復調したことを喜びたいです。
 ちなみに歌詞を読むと、こっちはいい意味でまったく変わらず。「もう一度自分自身を愛する術を学んでいる」「ほとばしる生命の樹に生きているんだ」「僕たちは争いが信じるに足りない、魂を壊すものだと悟った最初の世代」など、「あのジョン・アンダーソン」全開といえます。でもここ数年の間にジョンに起こったことを思い出すと、ここにある種の「到達」を観ることができます。言葉はより簡潔になり、深読みや探求を必要としないほど明瞭に「肯定的」です。それを支えるリックの演奏もまた、簡潔で的確。予定調和といっていほどの「あのリック」ですが、こちらもジョン同様、そのタッチは繊細になり、よけいな力や技術の誇示はありません。2008年の夏に観た来日公演でもそうでしたが、フレーズの華麗さよりも楽器の響きを活かした演奏です。
 こういうアルバムはなによりもまず、長く彼らを聴いてきたファンに聴いてもらいたい、そして願わくば、ふだんジョンの音楽にもプログレに興味のない人にも聴いてもらいたい。大傑作ではないですが、ここには老境にさしかかった名人のみがなし得る、ある意味清明な芸術だと思います。
 最後にメッセージ。ジョン・アンダーソン様、そしてリック・ウェイクマン様、美しい音楽をありがとうございました。お身体に気をつけてこれからもがんばってください。僕は応援していますよ。
「すべての栄えあるものの救済者、魂の故郷を教える者/それはきっと、ちっぽけなありふれた1人の男なんだよ」(「Just One Man」より)。

Living Tree

Living Tree

 追記:アルバムにはジョンとリックの、各々長文でいくぶんスピ系入った謝辞が掲載されています。なかなか味わい深いものです。そして気づいたんですが、このアルバムにはレコード会社のものを除くと、お約束の「アーチストの公式URL」がどこにも記されていません。これはジョンとリックの意向なのかしら?ジャケットも音楽も含めて、ちょっと浮世離れしたトータル感を感じます。