新譜評 イエス「Fly From Here」

 出ましたね、イエスのニューアルバム「Fly From Here」。タイトルからいろいろ読み取れて興味深い。
 このアルバム、聴く前からある種の予断がありました。まずタイトル。熱心なファンに方はご存知だと思いますが、イエスにはあの「Drama」時代に良く似たタイトルの(スタジオ録音としては)未発表の曲があります。そして今回、ジョン・アンダーソン(とリック・ウェイクマン)が不在だという事実。さらにプロデュースにトレヴァー・ホーンがいて、キーボードにジェフ・タウンズまでいる。ついでというとナニですが、よく見ればジャケットのイラスト、森の中に鳥と黒豹がいる!これはもう、明らかに「アレ」を感じさせます。で、聴いてみたらどうだったでしょう?
 結論を書きます。僕の予断はある程度当たりました。音の感触ははっきり「Drama」に繋がる感じでした。曲調もそんな感じ。トレヴァーとジェフの共作が多いので当然ですが。曲調や音がそうなので、今回メインボーカルをとる「コピーバンド出身」のベノワ・デイヴィッドという人の声も、ジョンに似ているというよりも「『Drama』のときのトレヴァーに似ている」という印象でした。ちなみにこの人、けっこう上手で好感が持てました(もちろんジョンには及びませんが)。トレヴァーとジェフの起用はクリスの発案かなあ?いや、ジェフはスティーヴ人脈か。いずれにしてもジョンが不在だといきなり「具体的なアンサンブル」主体になるところも含めて「Drama」的です。少なくともメンバーたちはある程度自覚的にそうしたんだと思います。
 楽曲はイエスらしいダイナミックさはあまり感じさせず、もっとどっしりしたものでした。これを鈍重と感じるか「キャリア相応の落ち着き」と感じるかでリスナー各々の、このアルバムの評価が決まるかも。個人的には曲調はともかく、アンサンブルの緻密さが失われておらずコーラスも多めなのでそれなりに楽しめました。ジャケットデザインも含めて手抜きっぽいところはなく、ちゃんとしたアルバムです。
 出る前は不安な声が多かったこのアルバム、リリース後は好評のよう。アマゾンのレビューなどを読んでも「良かった」という人が多いですし、僕が購入した某大手ショップではかなり大きな陳列がされており、手に取る人も多かったです。僕は最終的にそこそこ好感を持って聴いています。ですがですが、イエスのアルバムとして、これは本当に「久々の良作」かというと、それもどうもちょっと違うと感じます。
 あまり話題にならなかったですが、「The Ladder」も「Magnification」もちゃんとしたアルバムでした。イエスは(まあ、「Union」は例外かもしれませんが)活動がそれなりの水準で安定しているバンドで(人間関係とか内情はまあ、ともかく)、決してこのアルバム以前は全然駄目だったわけでもありません。「Fly From Here」が好評である裏には、ジョンの病気とツアー欠席などのために、ファンの間に意識されない不安が生じ、それが(予想外といっては失礼かもしれませんが)ちゃんとした作品をリリースしてくれたことへの安心があるのかも知れません。そのへん、僕は少し「The Ladder」「Magnification」に同情的です。
 ブックレットの写真などを見ると、メンバーみなさんすっかりお年を召した感じ(実年齢がそうなんですから当然ですが)。音楽にも長いキャリアを感じます。それをどう受け取るかは各自の自由。僕はジョンが大好きなので彼がいないことは本当に残念ですが(復帰はあるのかな?)、アルバムのタイトルどおり「ここから飛翔」してほしいと、本当に思います。

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 追記、ロジャー・ディーンの描いたジャケットの絵がまた実に素晴らしいです。こういうデザインはぜひアナログLPサイズで楽しみたいですね。この素晴らしい絵を見ていると、なるほど、あの「アバター」の世界はロジャーがずっと以前に視覚化していたと確信できます。