実現してほしい「The Dreaming」リマスター

 ケイト・ブッシュの新作が突然出ました。ちょっと前に輸入盤をショップで見かけた時は「あれ、ケイトにしてはインターバル短いな(でも6年振りなんですけどね)」と思い、「Director’s Cut」というタイトルと見覚えのある曲目から「セルフカバーだな」程度の認識で購入には至らなかったんですが、その後の情報では「Sensual World」と「Red Shoes」に収録した作品をリメイクしたものらしいです。お恥ずかしい話しですが、この2作はケイトの作品中、最も「ちゃんと聴いていない」ものですので、この機会にちゃんと聴いてみたいと思います。
 ところで「Director’s Cut」のリリースに合わせて、過去の数作が再発されるようです。「Red Shoes」はリマスター版で。それはめでたいですが、僕はちょっと残念なことがありました。今回の再発で出る「The Dreaming」について、通常版のリリースらしいことです。いや、正確には未確認なんですが、広告などを見ても特記がなにもないのでそうなんでしょうね。本当に残念。というあけで、今日のお題は「The Dreaming」。
 このアルバムを初めて聴いた時は、とにかくその独特の「音の定位」と、非常に複雑なアレンジに驚いた記憶があります。僕はデビュー当時からのケイトのファンであり、このアルバムの前作である「Never For Ever」までは比較的すんなり楽しめていたんですが、「The Dreaming」はとてもユニークな音楽でした。72チャンネルで録音されたというその音は本当に独特なもので、曲調もそれまでのものとは大きく違っていたため、最初のころはとても戸惑いました。
 当時の日本には彼女をちゃんと批評できるような人材がいなかったらしく、雑誌の記事やレビューでも半分狂人扱い、さもなければ「お金持ちのお嬢様アーチストの、世俗離れした『芸術作品』」というようなものばかりでした。僕だって戸惑ったんですから人のこと言えた義理じゃありません。当時売れたのかなあ?ケイトはその後「Hounds Of Love」で見事に自己の音楽性と大衆性を両立させ、人気も評価も回復しますが(僕自身、彼女の最高傑作は「Hounds」だと思っています)、あれから30年近く経過し、今一番「ちゃんと聴き直したい」のは「The Dreaming」です。今ならもしかして、リリース当時よりもちゃんと「作品そのものに向かい合える」のではないかと考えるのです。僕ももちろん、未聴の若いリスナーも。
 僕が今回の再発で残念だと思うのは、特に音質向上を図ったものではなさそうだという点です。この作品ほど、丁寧なリマスター、高音質フォーマットに相応しい作品はありません。狂人扱いされた最大の理由である「ものすごく緻密で複雑なプロダクションワーク」は、アナログ主流、CD夜明け前みたいな時代のずっと先を走っていたものです。ナントカCDカントカCDなんていうものが出てきて、ついでにハイレゾとかも出てきた今の方がその価値を正しく聴けるはず。
 僕が一番望んでいるのは5.1chサウンドフォーマットでの、DVD版への移植です。実は今この文章を書きながらiTunesに取り込んだ「The Dreaming」を聴いているんですが、ノートパソコンの貧弱なスピーカからでさえ、様々な音が飛び交い、通常の音楽再生とは全く違う世界を見る(聴く、か)ことができます。これを最高の音質で、そして身体を、リスニング空間をすべて包み込むようなミキシングで体験したい。それは単に「いつもは右から聞こえるギターが後ろから聞こえて新鮮!」なんてものとはまったく別次元のものに違いありません。
 たぶんケイトはこのアルバムの制作当時、そのころの平均的な再生装置のレベルがどんなものかなど考えもせず、ただただ自分の中から溢れてくるサウンドを実現させていったんだと思います。それは当時ちゃんと理解されなかった。音楽性も高度だったせいですが、再生という意味でも当時の水準を超えてしまっていたために(推測ですけどね)。もしかしたら、今なら再生環境がこの作品に追いついたのかも知れません。いや、僕はそう思います。そしてなにより、ポピュラー音楽のフォーマットに対する受け止め方が当時よりもずっと多様になった現代なら、先入観に惑わされずにこの作品の本当の凄さを感じてもらえる、と信じています(あまり言及されませんが、この作品でのケイトは作詞の面でも著しく成長しています)。
 「Director’s Cut」売れてほしいなあ(もちろん僕は買います)。そしてそれがきっかけでケイトの再評価(?)が始まって、最終的に「The Dreaming」のリマスターも実現してほしいなあ。そういえば来年は初リリースから30年にもなりますし、「30周年記念版」としてDVDオーディオも含んだ「デラックスバージョン」!なんてことになったら嬉しいなあ。いや真面目に、これほど「後世の批評に耐える」作品はないと、僕は本気で思います。

DREAMING

DREAMING

Director's Cut

Director's Cut