ポール「Kisses On The Bottom」への正直な気持ち

 我らがポール・マッカートニーのニューアルバム「Kisses On The Bottom」、もうすっかり知られてしますが、スタンダードなボーカル曲ばかり集めたカヴァー集です(ポールのオリジナルも数曲)。新聞に全面広告まで打たれたこのアルバム、もちろん速攻で入手しました。聴く前は「ポールがスタンダードねえ」「なんだかピンとこないなあ」と思っていたんですが、聴いてみてどうだったか?
 悪くなかったです。なにしろプロダクションワークが超一流。音質も上々、演奏も一流です。ダイアナ・クラールのピアノもいい感じ。どの曲でもギターがとてもいいので誰かと思ったらジョン・ピザレリ。この人、僕は過去にリーダーアルバム数枚聴いてもあまり好きにならなかったんですが、このアルバムでの演奏は最高でした。収録曲は基本的に同一傾向のセンスで、落ち着いたテンポのジャズスタンダードでした。僕は不勉強で数曲しか既知のものがなかったんですが、どれもいい曲でした。録音はニューヨークとロスで行われたとクレジットされています。ニューヨークの方はよく知らないのですが、ロスのキャピトルはこういう音楽の録音や制作では抜きん出た実績と伝統を持っていて、いくつかの曲で聞こえるストリングスの上品なアレンジと録音はさすが!と言いたくなります。僕が購入したのは16曲入りのEU盤で、追加収録の2曲のうち1曲はウィングス「Back To The Edge」ラストに収録されていた「Baby’s Request」。これもなかなかオシャレ。当然と書くと語弊がありますが、演奏はウィングスより出来がいいです。
 とまあ、基本的には買って、聴いて、満足したと言っていいでしょう。以下にあることは、僕がポールの大ファンであるということを大前提として読んでいただきたい「本音」です。
 ポールの歌声に、正直一番驚きました。丁寧に歌っていますが、声にあまり張りがなく、力も入っていないように聞こえます。もちろん音楽が音楽ですからシャウトする必要はないですが、それにしても…という感じです。僕はジャズのボーカルものも少し聴きますが、本職のジャズシンガーはどんなに囁くように歌っても、こんなふうではなく、やはり声に、歌に「力」があります(ロック的な意味でのパワフルではありません念のため)。残念ながら今回のポールの歌声にはそういう「力」は感じられませんでした。それは突き詰めていくと、今回のアルバムの価値にも影響を及ぼします。
 上記のとおり、僕はポールのファンですし、「Fireman」も「Thrillington」も、例のクラシックものもそれなりに楽しんで聴けます。その意味で「Kisses On The Bottom」も楽しめるものではありますが、誰もが聴けて「誰もが評価できる」ものかというと、ちょっとうつむいてしまいます。これはもしかして、ジャズファンのみなさんの反感を買ってしまったかな?そんな気持ちにもなります。もちろんポールは本気で、奏でられる音楽にも演奏者に対してもちゃんと礼儀と敬意を持っているとわかりますが、それにしても正直、なかなか辛いところです。演奏が(録音も含めて)素晴らしくプロフェッショナルなので、歌声の弱さが際立ってしまいます。今回ポールがボーカルに専念していると思い出すと、なおさらです。聴き手より作り手が楽しんでいるアルバムと言えるかも知れません。
 ああ、なんだか「批判」しているような内容ですねすみません。基本的には楽しめているんですよ。でも「最高!」と書くにはちょっと躊躇してしまうということです。実はポールのオリジナル2曲は、スタンダードなテイストで作られていますが、よく聴くとやっぱり少し違います。なんというか、すんなり「昔の音楽」の列に座らない感じ。基本的なセンスが、やっぱり違う。ここ、ここに僕はポールの真の価値を感じます。現在純粋なオリジナル・ニューアルバムを作成中とも聞くポールですが、今作(の作成)を楽しんで、新しい気持ちで、「ロッカー」ポールの音楽を聴かせてもらいたいと、思っています。

Kisses on the Bottom

Kisses on the Bottom