新譜評モルゴーア・クァルテット「21世紀の精神正常者たち」

 モルゴーア・クァルテットが新譜を出しました。タイトルは「21世紀の精神正常者たち」。英題は「21st Century Non-schizoid Men」。ずいぶん前に出た「Destruction」と同じメンバーで、中心はもちろん(吉松版タルカスのブレーンでもあった)荒井英治。前作はロックのカヴァー以外にもオリジナル作品(ロック作品の引用を行ったものでしたが)がありましたが、今回は全曲ロックのカヴァー、編曲は荒井氏。
 選曲はほとんどがプログレの名曲でした。前作でも演奏していたキング・クリムゾンのほか、ピンク・フロイドジェネシスELP、イエスなど。1曲だけ少し毛色の違うものでメタリカの「メタル・マスター」(!)も収録されています。前作はそこそこ好きだった僕ですが、さて、今作はどうだったか?
 一聴して思ったのは「編曲がこなれた」ということでした。前作は好きなアルバムだし「いい作品」とは思いましたが、今回の作品はどれもちゃんと「弦楽四重奏曲」としてまとまったという印象です。イエスのカヴァーを聴くと顕著ですが、前作での「Roundabout」や「Siberian Khatru」などは、イエスの演奏をそのままなぞったようなものなのに対して、今作の「同志」では、そういう感じはありません。原曲という「磁場」に囚われることなく編曲者が自分の思いに忠実に弦楽四重奏に置き換えたという感じ。これは他の曲にも同じように感じます。
 不思議だし嬉しいのは、原曲にわりと充実だった前作のものよりも、そうではない今作の方が、ひとつの作品として質が高いと(感じられると)いうところ。変に原曲に気を使ったりして、結果的に相手ジャンルのセンス不足を露呈してしまうことが多い「ジャンル越境もの」ですが、ここでモルゴーアの面々は、原曲(元ジャンル)の「見た目」を再現するということを、たぶん意識的に「次善のこと」とし、目指すべきこととして自分たちが共感し感動する音楽を「自分たちの心を通じて」独立した芸術作品に仕上げることと定めたのではないかな?結果的に今作は、前作以上に「クラシック的」であると同時に、前作以上に「ロックを題材にした」必然性を強く感じられるものになっています。フレーズをなぞらずに、原曲の持つ緊張感や荒涼とした精神を再現している。そこが僕には嬉しい。必然性を感じさせない「ジャンル越境もの」を多く聴いて来た身としては嬉しいです(黒田亜樹版「タルカス」ほどオリジナルではなく、ちゃんと原曲の「美味しい」旋律も残っているあたりのさじ加減も絶妙)。
 録音は上々、演奏も吉松版「タルカス」のような綻びのない、いいものです。個人的に「おっ」と思ったのはジェネシスの2曲。彼らの音楽はこういう編曲に向いているんですね。特に「月影の騎士」は出色の出来でした。アルバムの最後「Starless」は原曲の混沌を若干整理したような編曲ですが、あの世界は健在です。モルゴーア版にはボーカルは(当然)ありませんが、楽器の息づかいがそれを伝えてくれるようです。荒井氏がこれらの曲を本当に好きなんだということがよくわかります。
 このアルバム、ジャケットはインパクト特大だし帯のコピーもライナーも実に大上段というかあっちこっち力が入ったものですが、まずはそれらをすべて置いて、音を聴いてもらいたいです。賛否両論あるかと思いますが、僕は評価します。

21世紀の精神正常者たち

21世紀の精神正常者たち

 追記:僕が買った盤には、特典としてプロモーション用のCD-Rが付いてきました。「月影の騎士」のフルバージョン(アルバムバージョンより少しだけ長い「完全版」)入りのものですが、そのパッケージ写真がこれまたすごい。モノクロで、4人のメンバーが写っているものですが、写真の感じとロゴがもろにクリムゾンの「Red」。こりゃ、この人たち本気だわ。