松村雄策「ウィズ・ザ・ビートルズ」を読んで

 松村雄策さんの新刊「ウィズ・ザ・ビートルズ」(小学館)を読みました。渋松対談の単行本などもあったので意外でしたが、ご本人名義の著作は8年ぶりとのこと。そして今回は、はっきりとビートルズデビュー50周年をきっかけとしたご本です。内容もずばり、著者がビートルズのオリジナル・アルバムを語るという、素晴らしいコンセプトの書きおろしです。
 以前にもこのブログで書いてきたように、僕は松村さんの、30年以上に及ぶファンで(正確には1978年以来)、松村さんの書くものに感動し、松村さんに影響を受けて自分もこのようにブログで文章を書いているものです。しかも僕も、長年のビートルズファン。この新刊が面白くないわけありません。
 具体的な内容ですが、イギリスで発表されたオリジナル・アルバムに「Oldies」と「Magical Mystery Tour」のアメリカ盤LPを加えたものを1枚ずつ取り上げた文章、そしてご自身とビートルズに関する思い出を綴ったエッセイが数篇収められています。アルバムごとに書かれた文章といっても、そこは松村さん、資料的なデータを網羅して事足れりというようなものではありません。基本的な情報は押さえつつ、文章の中心はビートルズの音楽がどのように素晴らしいか、そして、その音楽を著者がどのように受け止め感動したかが、さりげないけれどもとても真面目な文章で書かれています。「さりげないけれども真面目」というテイストは松村さんの文章にいつも通底するものであり、この本も同様の味わいがありました。特に今回はまさに「ビートルズ特集」というものなので、感動もひとしおです。
 僕のような人間にとって、書かれている内容のそれなりの部分はすでに松村さんの既発の文章で読んでいる・知っているものでした。それでも楽しく読め、感動できました。著者の対象に対する愛情あってこそのことですし、一度発表された複数の文章を再構成してまとめ上げる手腕の高さでもあると思います。
 それはビートルズという存在が、松村さんにとってとてつもなく大切な存在であり、その思いが読むものにも伝わるからでしょう。それは一歩引いて考えると、ひとりの人間が何かを愛してきた、長い人生の軌跡だとも思えます。僕は松村さんよりも12歳年下で、ビートルズを聴き始めたのは解散後6年たったときからですが、同じように何か(ビートルズや音楽)を好きになり、その後の人生の意味が変わり、そして今日までずっと、その対象といっしょにいるわけです。僕にとってもそうですが、松村さんにとって、それがいかに大きかったか、よくわかる素晴らしいご本でした。感動的なエッセイの最終編「そしてビートルズ北極星になった」、もうなにも付け加える必要はありません。50周年という大きな節目で出たこの新刊は、ある意味で「文筆家松村雄策」の集大成なんだと思います。

ウィズ・ザ・ビートルズ

ウィズ・ザ・ビートルズ

 追記 エッセイのなかに「ビートルズを見た」という一編があります。いうまでもないですがあの1966年の来日公演を語ったもの。過去に書かれたものにも共通していますが、この話題での松村さんは「やった!ビートルズを見たぞ!」という陽気な内容ではなく、自分たちビートルズファンが少数派であったこと、来日の大騒ぎのなかでいかに無理解や偏見に取り巻かれていたかを語っています。その時代の空気を、後に伝えずにはいられないという松村さんの気迫はすごいです。「ビートルズ日本武道館のコンサートには、敵が多かった。(中略)しかし、僕たちは負けなかったのだ。」という文には、震えが来るような感動を覚えます。