冨田勲「イーハトーヴ」交響曲初演を聴く

 今日はコンサートに行ってきました。冨田勲の新作「イーハトーヴ」交響曲世界初演を聴きに、東京オペラシティまで。大友直人指揮日フィル、合唱には慶應ワグネル、聖心女子大グリーなど。オケ自体も70名編成という、相当大規模なコンサートでした。
 プログラムはこの新作交響曲をメインに、代表的な冨田作品をいくつか演奏するというもので、休憩をはさんで約2時間。演奏も見事で大成功といっていいものでした。が、今回のコンサートが前々から評判を呼んでいたのは、ある1人の「歌手」の参加によってだったと言っても言い過ぎではないでしょう。その「歌手」の名前は初音ミク。実際満員の会場には、明らかに「ふだんはあんまりクラシックのコンサートに来ていないんじゃないかな」という感じのお客さんがたくさん見られました。
 今回この新作には合唱以外に、女性ソロパートがあり、そこをミクが歌ったのです。とはいっても彼女はヴァーチャルシンガーなので、彼女のために舞台上部に専用スペース(スクリーン)が設けられ、そこで歌うという形でした。画像と音楽のシンクロなんて珍しくもないですが、今回のコンサートのすごいところは「ミクの歌声と踊りに演奏が合わせる」のではなく「指揮者の指示とオケの演奏にミクが合わせて歌唱する」というスタイルをとったこと。これは本当にすごいことです。実はコンサートの序盤に大友と冨田先生が舞台上でトークをするコーナーがあったんですが、そこで冨田先生が「ドンカマではなく、ミクがオケに合わせる」と説明されていました(ちなみにその発言のすぐあと、大友氏が「ドンカマというのはですね、メトロノームのようなもので…」と補足していたのが可笑しかったです)。
 「イーハトーヴ」交響曲は、冨田先生がもう半世紀も前に見た岩手山の威容と、そのころラジオで聴いたというダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」に霊感を受けて書いたというもので、タイトルどおり宮沢賢治を重要なモチーフとしているものです。実際賢治の作った曲(「剣舞」や「星めぐりの歌」)が引用されていたり、有名な「雨ニモマケズ」(を歌詞として取り扱ったもの)がありました(今回の楽章名は「雨にも負けず」と表記されていました)。楽章名にも「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「注文の多い料理店」など、作品名がついており、そういうところからも作品の精神が窺えます。
 曲は壮大であると同時に静謐なものでもありました。楽章は7つあり、個々の楽章は古典的な意味での楽章性格には必ずしも一致するものではありませんでしたが、雄大に始まり、静かな祈りのような曲想や諧謔的な箇所もあり、始まりと同じように閉じていくという意味ではまさに「交響曲」という名にふさわしいものでもありました。
 ミクの初登場は第三楽章「注文の多い料理店」。アラビア風の旋律(僕は映画「Modern Times」でチャプリンが歌った「ティティナ」を思い出しちゃいました)に乗って「あたしはハツネミクかりそめのボディー(中略)パソコンの中からはでられないミク、でられない、でられない、でられない」と、「山猫軒」から出られなくなったハンター2人の境遇とヴァーチャルな存在である自分を重ね合わすような歌を、妖艶とも無邪気ともとれる踊りとともに披露してくれました(上記歌詞は会場配布のパンフレットに拠る)。
 その後もこの交響曲のあちこちに登場し、素晴らしい歌声と踊りを見せてくれたミク。僕はコンサートに行く前は、ミクは一種のトリックスターとして、スタイルとしての交響曲を茶化しにくるのかと想像していましたが、とんでもない、曲に不可欠なパートあり、ある意味で核となるような存在でした。上記のトークコーナーでも冨田先生が「ミクの存在は賢治作品に登場する『異次元からの客』(風の又三郎やカンパネルラ)を象徴していると同時に、賢治の妹さんのトシさんに対する思いを象徴しています。この曲でミクさんが歌うということは、自分にとってトシさんに対するレクイエムなんです」と話されていました。この言葉を聞いた時、僕は自分の発想の貧しさを恥じるとともに、奏でられるもの、歌をうたうものに対する冨田先生の別け隔てのない思いに感動しました。そうした思いが、決して大音量で押してくるわけではなかったこの曲を印象深いものにしていたんだと思います。
 本編終了後、アンコールは2曲。2曲めは「青い地球は誰のもの」。オケと合唱で奏でられるこの曲も素晴らしかったですが、僕にとって最大の感動はアンコール1曲めでした。演奏が始まると同時に全身に電流が走るような感じ!再登場したミクが演奏に合わせてステップを踏んでいると、ふわっと上からなにかが落ちてきてミクの頭に乗ってしまいます。あの帽子!サファイア王子のじゃないか!?そう、アンコール1曲めは「リボンの騎士」!フルオーケストラと合唱をバックに、あの帽子をかぶってミクが歌ったのです。手塚先生見てますかー!?心で叫んじゃいました。コンサート前半ではあの「ジャングル大帝」も演奏されていて、改めて冨田先生と手塚治虫の絆を見る思いでした。この曲を生で聴けるなんて、しかも初音ミクの歌声で。本当に、僕この曲聞きながら涙が出そうでした(惜しむらくは今回のプログラムでは歌詞では一人称が「私」のバージョンだったこと。僕が子供の頃親しんだのは「僕」だったので、そこがちょっと)。
 それにしても80歳にしてこれだけの作品を書くことのできる冨田先生のクリエイティビティは信じられないほどです。なのに全然偉そうな態度じゃないところもすごい。いつまでもお元気で、素晴らしい作品を作り続けていただきたいです。本当にいいコンサートだった。「昔」と「今」と「未来」、そして「内なるもの」と「外への広がり」の分かちがたい繋がりを感じることのできるコンサートでした。

イーハトーヴ交響曲

イーハトーヴ交響曲

 追記1:「山田洋次作品メドレー」を演奏した関係か、会場には山田洋次監督もいらしていて、トークコーナーでは紹介もされていました。実は僕、開演前に会場をウロウロしていてすれ違ったんですよ。「どこかで見た人だなあ」と思っていたら…。それから休憩時間にロビーで吉松隆氏と思しき人を見かけました。たぶん間違いないと思うけれど、そちらは未確認。
 追記2:日記に「ふだんクラシックコンサートでは見かけないお客が」と書きましたが、ミク関連グッズの物販には長蛇の列ができていました。僕の真ん前に座っていた男性はミクのTシャツを着ていて、いかにも「そっち側」の人だったのがおかしかったです。僕は「そっち側」にも少し関わりがあるので、クラシックファンと「そっち」の両方の「におい」を同時に感じられて楽しかったです。