パティ・スミスのサイン会に行って来ました

サインしていただいた「ジャスト・キッ

 もう1週間前になってしまいますが、1月20日パティ・スミスのサイン会に行って参りました。場所は渋谷のタワーレコード。彼女の著作2冊が邦訳されたことを記念しての催しでした。
 サイン会という触れ込みだったので、ちょっとだけトークがあってメインはサイン会だと思って行ったんですが、実際は約1時間、トークというか公開インタビューのようなお話しを聞け、ラストには彼女のギター弾き語りで2曲も歌声が聴けるという、(著作購入が参加条件とはいえ)無料イベントとは思えない充実したものでした。
 トークは司会者の方が質問をしてそれにパティが答えるという形式でしたが、その内容がとてもいいものでした。今回2冊出た著書のうち、彼女の自伝「ジャスト・キッズ」の内容を踏まえた質問は、パティについての深い理解に基づくもので、パティもにこやかに答えていました。
 僕はかなり近い位置で彼女を拝見することができたんですが、今年で66歳という彼女は(ご自分でそう話されていたのでここに書いても失礼じゃないよね)とてもチャーミング。質問が話されている間ストゥールから立ち上がって舞台の際まで進んで、観ている僕達に手を振ったり微笑んだり、ご機嫌も良い感じでした。
 上述しましたが「ジャスト・キッズ」は彼女の自伝。というよりも彼女とロバート・メイプルソープの、と言っていいかも知れません。無名だった2人が出会い、さまざまな出来事を経てそれぞれの道を歩んでいくさまが、2人が生きた60年代後半から70年代前半のニューヨークの風景とともに語られています。ディテールが非常に詳細な本で、この日の質問でも「こんなに細かいところまで憶えているのはなぜ?」というものがありました。回答は「詳細な日記をつけていたし、当時のことは今でもよく憶えているの」ということでした。とにかく詳しく、そして暖かいご本です。書かれている内容自体は赤貧にあえぎ病気や不安におののく様子や、ジャニス・ジョプリンジミ・ヘンドリクスの死、それにメイプルソープとの(どちらかといえば悲劇的な)別離なども多く書かれていますが、パティの語り口はその全てにおいて優しい。文章自体は決してダラダラしたものではなく、クールな衣装をまとっていますが、その根っこは優しく、眼差しは常に暖かいものです(当然邦訳を読んだだけなので原文の雰囲気はわかりませんが)。
 トークでの彼女の言葉もそれを証明するような、穏やかで含蓄のあるものでした。「当時と今ではニューヨークも変わってしまったわ。自分が住み始めたころは書店の店員(彼女の職業)の給料で部屋を借りる事もできた。今はとても無理。すっかり洗練されてしまった。CBGBも今では値段の高い服を売る店になってしまったのよ」「(60年代後半の)サマー・オブ・ラヴのことはまったく知らなかった。そのころは生きることで精一杯だったし」など。
 面白かったのは「60年代後半のヒッピー的な思想は好きではなかったのか」という質問に対して「政治的な運動には心情的に共感しても、自分では飛び込まなかった」と冷静な回答をしている一方で「(1969年に)ロバートからサンフランシスコ旅行に誘われて断ったのはそういう理由からではなく、単に有給休暇が取れなかったからよ(笑)」と語ったところ。夢遊病者のようなところのあるロバート(や、同傾向のアーチストたち)に比べると、パティには「生活者」としての側面が強いんだなと思わせてくれる言葉でした(「ジャスト・キッズ」にもそうしたエピソードがあります)。
 また、ロバートと2人でジョンとヨーコの「WAR IS OVER! IF YOU WANT IT」のビルボードを観た時のことも彼女自身の言葉で語ってくれました。そんなことをするアーチストはそれまでいなかったということで、2人とも大きなショックと感動をしたそうですが、感動の内容は違っていたとのこと。「私はそれを人間の生の声として受け止めたけれど、ロバートはそれをメディア(手段)として捉え、そうしたかたちで表現ができるということに感動していた」とのことで、これはパティとロバートの、アーチストとしての本質を、なによりも明確端的に説明してくれたものではないかと思います。
 「今まで生き残って活動できたのは、自分には「自分の仕事をやり遂げよう」という意志があり、目標に向かって必死で活動してきたからだと思う」「若い人たち、若いアーチストにも、何をしたいのかを見定め、そのために必要なことをどんなに困難でもやってほしい」という言葉に、ジャニスやジミなど(もちろんロバートも含めて)、見送らなくてはならなかった才能豊かな友人たちへの思いと、次の時代を生きる人達への敬意と期待の両方を感じることが出来ました。
 トークのときに彼女の声は深く穏やか、物腰や表情も含めてとても知的でした。決して「ファッションモデル」的な意味では美女ではない彼女ですが、僕はとても美しいと思いました。それはロックスターだからではなく、ひとりの生活者としての美しさなのではないかと思っています(彼女の場合、「生活者」と「芸術家」が大部分重なるわけですが)。サイン会も含めると正味2時間ほどにもなるイベントでしたが(もっと早く終わると思っていた僕は、大幅に帰宅時間が遅くなってしまって大変でした)、行ってよかった、その場にいられて幸せでした。

ジャスト・キッズ

ジャスト・キッズ

無垢の予兆 パティ・スミス詩集

無垢の予兆 パティ・スミス詩集

 追記:この日記に書いたパティ並びに司会者の方の言葉はすべてshiropが当日聞き、記憶しているものを文章として再構成したものです。逐語的な記録ではありません。また、僕の記憶や感受性、英語力に起因する、恣意的な要約や勘違いもあるかも知れません。そのあたりはご留意ください。もちろん文責は執筆者shiropにあります。
 もうひとつ追記:質問のなかに「ご自分にとって大切なレコードを1枚だけ選ぶとしたらなに?」というものがあり、これには「ジミ・ヘンドリクスの『Electric Ladyland』」と答えていました。ちなみに回答の前に「3枚にしてほしいわ(笑)」と話していて、残りの2枚はコルトレーンの「至上の愛」、グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」と話していました。エクセレント・チョイス!ですね。