今頃書きます「風立ちぬ」感想

 やっと観て参りました。「風立ちぬ」遅くてすみません。「鷹の爪」より「パシフィック・リム」より遅かった(笑)。ついでにいうと「銀魂」より遅かった(笑)。
 僕が知る限り賛否半ばという感じのこの作品でしたが、品のある、いい作品でした。前半と後半ちょっとちぐはぐ(堀越二郎パートと堀辰雄パートがちゃんとひとつの作品に融け合っていない)とは感じましたが、それでも観るに値するものではありました。宮崎駿監督の作品の場合、最低限のクオリティは確保されているし、作家性も感じられるし、そういう意味では「いい映画」でした。それは心から言えます。
 ということで感想を書く前にこれだけは言いたい。庵野秀明(敬称略、以下すべて)はやっぱり大根でした。そんなこととっくの昔にわかっていましたが、実際鑑賞して実感しました。これを「アリ」だとお考えの方も多いようですが、これははっきりとダメダメでしたよ。完全な棒読み。バズ・ライトイヤー(の所さん)が棒読みっぽいのはまだ(キャラクターとして)許せるけれど、庵野秀明は本当にただの素人しゃべり。ご本人にはまったく罪はないですが(ご指名だもんね)これが作品のクオリティをかなり下げていました。特に二郎と菜穂子が2人だけで語り合うシーンはきつかった。他の俳優さんたちは(野村萬斎を除いて。この人は「使いよう」で、今回は外したと思います)みんな健闘していたと思いますが、主人公がダメ。主人公がダメって正直悲しいです。監督がプロ声優に対していろいろ思ってらっしゃることは承知していますが、その答えがこれでは…、という気持ちです。以上最初の一呼吸。
 ここから(若干ネタバレしつつ)感想です。
 実在の人物がモデル、しかも零戦設計者ということでどんなものだろうと思っていたんですが、モデルはあくまでモデル、実在性は(いい意味でも悪い意味でも)薄く、違和感はありませんでした。いい意味というのは「アニメ作品のなかで浮いてしまう」ことがなかった点、悪い意味というのはちょっと裏腹ですが、どこまでいっても「ファンタジーなんだなあ」という印象を持ってしまうところです。実在の人物が実際の歴史的事実のなかで動きまわるのに、現実感が乏しいというのは、やっぱり「悪い意味」もあるのではないかなあ?これはまあ、ファンタジーだからいいのかな(このファンタジーという言葉の使い方、もしかしたらちょっとデリカシーに欠けるかも知れません、ファンタジーファンのみなさんすみません。ニュアンス程度に受け取ってください)?
 宮崎監督の作品で主人公が零戦設計者とくれば、あの見事な飛行ぶりと息を呑むような迫力ある戦闘シーンがあるかと期待してしまいますが、そういうものはありませんでした。時々登場する試験飛行のシーンは素晴らしかったけれど監督の「本音」というほどのものではなかったし。そのあたり監督には逡巡があったのかな、と思ってしまいました。主人公は現実の場面においてはほとんど心情吐露的な会話や行動をとらず、そうしたものはすべて夢のなかでしか登場しないというのも、どうも今までの宮崎作品にはない「思い切りの悪さ」だと感じてしまいました。関東大震災をリアルでない描き方をしたのは意味がよくわかるし共感もできるんですが。噂されるように「平和主義者として戦争シーンや零戦の飛行シーンを控えた」ということなら、残念、それを描いたって素晴らしい(平和主義的な)映画は出来ますよ、とか生意気にも思ってしまいます。あくまで噂ですけれどね。
 ただ、そうした不満があったとしても、この作品は名画でした。変な言い方ですが、動きのダイナミックさ、着想とストーリーの奇想天外さの代わりに、そこには「日常」と「さりげないやりとり」という宝物がありました。かなりの取材をしたと思しき90年前の日本の風景は、人々の動きや言葉によって生き生きと映えましたし、なにげない雑談や少人数(あるいは登場人物2人だけ)の会話には、常にお互いに何かを伝えようという意志と相手に対する思いやりを感じるものばかりでした(これで主人公が棒読みじゃなかったら!)。黒川邸の離れでの二郎と菜穂子の婚礼シーン、ここはダイナミックな動きなどなにもないところでしたが、それだけにあの、黒川夫人が障子を開けるとそこに花嫁姿の菜穂子が立っている場面は息を呑みました。これこそ見事に「動かした(=絵に魂を吹き込んだ)」瞬間でした。この映画にはそういう場面が多々ありました。
 そしてそして、今回は女性陣が素晴らしかった。二郎の妹の加代も黒川夫人も血の通った人間らしかった。そしてもちろん菜穂子、この人はリアリティこそ若干弱いですが、ラスト近く、密かに山の病院に戻るためにひとりで道を歩いているあのシーンは胸に迫りました。その姿を加代がバスの窓から見た段階では病院に戻ることは(ストーリーでは)明かされていないんですが、それでも観る者に迫る描き方でした。その後の黒川夫人と加代の会話などもとてもよかった。特に黒川夫人は二郎と菜穂子の婚礼の場面などでも主要な役回りを努め、助演女優賞もの。
 話しを菜穂子に戻すと、ずうっと「少女は描けてもオンナを描けない」と思っていた宮崎作品の登場人物とは思えないほど美しかった(クラリスナウシカその他のファンのみなさまスミマセン)。引退のときになって、ついに一皮むけたかハヤオ!なんて間抜けなことを思っちゃいました。カタルシスや大団円はなかったけれど、それとは違う美しさと切なさのある映画でした。これが宮崎監督のスワンソングかあと、今はまだ少し腑に落ちないところがありますが、10年後には違う思いで観ることになるかも、そういう映画でした。