追悼 クリス・スクワイア

 ここに1枚のLPがあります。イエス1977年のアルバム「Going For The One」。グループにとって3年ぶり、リック・ウェイクマンが復帰作。発売当時は「ポップになった」という声もありましたが(本当よ)、今となってはこれもファンには「イエス最高傑作」の1枚だと認識されていますね。
 実はこのアルバム、僕が生まれて初めて買ったイエスのアルバムでした(アルバムのリリース半年後くらいに買ったはずです)。イエスのアルバムとして初めてであると同時に、僕にとっては生まれて初めて買った「ベイ・シティ・ローラーズビートルズ関連以外のレコード」でもありました。この数カ月後にクリムゾン、フロイド、ELPなどのプログレにどハマリする僕ですが、そのスタート、大げさにいえば「特定のグループのファンであるだけではなく、広くロックというジャンルを愛するファン」になるきっかけとなったアルバムです。ここから今日まで来ています真面目に。
 以来約40年。家が傾くほどレコードCDの類を入手し、聴いてきた僕ですが、イエスの音楽はいつもそばにありました。ジョン・アンダーソンが脱退してしまってからの来日公演には行かなかったんですが、1988年(だったかな?)の2度目の来日公演からは逃さず観に行きました(メンバーのソロ、ABWHなども行きました)。ほぼ毎回ちょっとずつ違うメンバー構成でしたが、ただひとり、クリス・スクワイアだけはいつもそこにいました。イエスというグループのステージには必ず。そしていつも変わらず、イエスの音楽をがっしりと支えていました。それはもちろんスタジオ録音の場でも、でした。あの多彩な、でもロックらしさを失うことのない独特のベースサウンドは、プログレというカテゴリー内だけではなく、ロック界全体でも特筆すべきものだったと、今も思っています。
 イエスファンには有名な言葉に「クリスの電話」というものがあります。メンバー交代などに際しまずクリスが声をかけて、それがきっかけになるというエピソードがたくさんあります。シネマがイエスになる原因となったジョンの参加も、クリスがジョンに「Owner Of The Lonely Heart」のテープを聞かせたことでした。
 歴史が長く人間関係も複雑だったイエスにあって、一度もグループを離れることなく常に支え続けたクリス。ロックは破天荒な天才ばかりが光を浴び、地道な努力が評価しづらいジャンルですが、クリスのような生き方、活動のしかたもまた、ロックを豊かにしてくれたワン・アンド・オンリーの「道」だったと思います。彼が亡くなったことにより、イエスはオリジナル・メンバーの再現が不可能になりましたが、それだけでなく、どの時期のイエスも再現できなくなったのだと知るにつけ、彼の偉大さを実感します。
 最初に書いた「Going For The One」の3曲め(A面の締め)はクリスのペンになる「Parallels」が収録されていました。低い音量でかすかに聞こえる音(マリンバかしら?)に耳を凝らしているとき、突然響き渡るパイプオルガンのコード。そこからは荘厳さとダイナミックさが同時に突進してくるような演奏。ブルースからの影響はほとんど感じられないですが、それでも紛れもない「ロックの名曲」でした。初めて聴いた時圧倒され、それは今日まで続いています。偉大なバンドの偉大なメンバー、天才プレイヤー。そして僕にとっては大恩のある、大好きな音楽家。クリス・スクワイア様、謹んでご冥福をお祈りします。