伊福部先生の「SF交響ファンタジー」を聴き比べる

 というわけで、mozartさんからのご依頼により、伊福部昭先生の推薦盤を考えました。とはいっても、僕は先生の作品をすべて持っているわけではなく、持っているものも短時間ですべて聴き返すこともできません。なので今回は、「SF交響ファンタジー第1番」を中心に考えてみることにしました。今自宅にあるのはフランス盤、小松和彦指揮東京交響楽団のもの(録音は1989年、以下仏盤)、キングから出ている「伊福部昭の芸術4」(以下4)「同8 特別編 卒寿を祝うバースデイコンサート完全ライヴ」(以下8)です。
 まず、全体の印象ですが、仏盤は曲調の変化に合わせて速度がよく変わり、その分臨場感というか、盛り上がる感じです。4は前半はむしろ一定のペースで進み、後半盛り上がって最後はどんどん速度が上がるという感じ、8が一番この曲を「一つの作品」として理解し演奏しているようで、露骨な速度・音量の変調はないですが、自然に昂揚してくる感じです。仏盤は楽譜として重々しい部分は十分それらしい演奏を施していて、逆にマーチのところではパーカッションが全面にでた感じになります。ただ仏盤は今回の3枚では最も録音が古く、そのせいか全体に音が引っ込んだ感じで(金管が前面に出てこないのはとても惜しいです)、迫力という意味では一歩退きますね。
 4は迫力という点では今回の3枚の中では一番です。曲のメリハリという意味では一番聴いていて楽しいです。
 そして8。僕はこの演奏が一番好きで、別格だと思っています。冒頭の動機が終わり、短い序奏のあと有名な「ゴジラ」の主題が出てきますが、仏盤が序奏のところでゆっくりと「ためて」主題に入り、4は序奏からすでに「ゴジラ」主題と同じ速度で進むのに対し、8はゆっくりと(仏盤ほど重くなく)入り、「ゴジラ」主題は他の2枚に比べて静かに進行します。これが素晴らしくスリリングで、誰もが力一杯演奏したがる有名なメロディをあえて抑えることで、曲全体が引き締まっていきます。「宇宙大戦争」の部分も、仏盤や4がいくぶん唐突に曲調が変わったような印象になるのに対し(もともとこの曲自体がそういうつくりなので、それで間違いではないんですが)、8は「ゴジラ」主題で抑えた演奏をしたことが効いて、ここまでで有機的に繋がった一楽章を成しているように感じられます。だからその次、ゴジラ動機(冒頭部分の変奏)から「フランケンシュタイン対バラゴン」〜「三大怪獣地球最大の決戦」部分が「第二楽章」として成立し、ここの重さが次の「怪獣総進撃」テーマ以後のマーチをいっそう引き立たせ、自然な昂揚に繋がっています。最終部分を単純な「盛り上がり」でだけ考えると、仏盤のスネアが前面に出た演奏もいいですし、リズムが自然に走る感じの4も捨てがたいです。でもこの曲を「寄せ集め」組曲ではなく、ひとつの作品として見た場合、最も相応しい演奏は8であると思います。
 今回は「SF交響ファンタジー第1番」だけを取り上げましたが、8には他に「フィリピンに贈る祝典序曲」、「日本狂詩曲」「交響頌偈 釈迦」「シンフォニア・タプカーラ第三楽章」など、伊福部先生の代表的な作品が収録されていますので、入手の容易さも含めて、これを推薦いたします。今回は時間の都合で、このような結果になりましたが、伊福部先生の作品はもっとたくさんあって、どれも素晴らしいものばかりです。僕は個人的にカメラータ・トウキョウから出ている「伊福部昭 全歌曲」がお勧めです。こちらも機会があったらぜひ聴いてみてください。
 あと、ちょっと番外編じみてしまいますが、伊福部先生の作品(主に特撮映画の音楽)を男性コーラスに編曲して発表している「不気味社」という団体があります。いわゆる自主制作なんですが、実際に先生ご本人に編曲の許諾をとり、ユニークな活動をしている団体で、「豪快なSF交響ファンタジー」など、ちょっと聴くと「ギャグかな?」と思いますが、ちゃんと聴くとものすごいクオリティです(伊福部先生ご本人が他の編曲者への編曲許諾を後回しにして、不気味社への許諾を先に行ったというエピソードもあるそうです)。僕は2年前の「トンデモ本大賞」(というイベント)で初めて聴いて惚れ込み、CDをコミケまで買いに行ったほどです(HPもあるので、こちらをクリックしてみてください。けっこう個性的ですが、ひるまず(?)に試聴してみてください)。
 以上、「とりあえず」というレベルでしかないとは思いますが、参考にしていただければと思います。伊福部先生の素晴らしい作品が、一人でも多くの方の耳に届いて欲しいと願って止みません。最後になりましたが、このような聴き比べの機会を与えてくださったmozartさんに感謝いたします。

宙-伊福部昭 SF交響ファンタジー

宙-伊福部昭 SF交響ファンタジー

伊福部昭:全歌曲

伊福部昭:全歌曲